エアラインコースで私が担当していた教科には多種多様な物がある
中でも最も力を入れていたものと言えば間違いなく「日本語面接対策」があげられるだろう
日本人なのに日本語での面接対策? そう不思議に思う方もいるかも知れない
「私は外資系を目指しているので日本語での面接対策は必要ないです」
かつて学生だった私も入学手続きの際スクールの事務の方にこんな偉そうな事を言ったものだ
しかし普段当たり前に話している母国語である日本語がこれほど奥深く又、いざという時公の場で正しく話せるかというと、なかなか難しいものがあるのではないだろうか
以前もこのブログで書かせていただいたが、エアライン業界において「第一印象」というものは非常に重要な役割を示す
書類選考を無事通過した後の最初の面接では大げさに言えば第一印象しか見られていないと言っても過言ではない
それを形造る5つの要素「挨拶・言葉遣い・身だしなみ・表情・立ち居振る舞い」の中で一朝一夕に身に付かない「言葉遣い」の授業に私は相当の時間と労力を注いて来たつもりだ
それは単に試験に突破する事だけを目的とするのではなく、何より一人の女性として学生達により輝いてもらいたいという願いからだ
以前JALで人事をしている友人からこんな興味深い話を聞いた
「ここだけの話だけどね・・・」と笑いながら彼が話してくれた裏事情はこうだ
一昔前、つまり携帯電話やメールがなかった時代、試験の連絡はすべて会社から受験生の自宅への電話だった
その際、わざとその受験者がいない時間帯(学校や仕事に行っている時間帯)を狙ってかけていたとの事
その理由はただ一つ ご家族の方の対応を見る事が目的との事だった
このいかにも古典的な方法がJALらしいと言えばそれまでだが、このやり方、あながち間違いではないと私は妙に感心してしまったのである
ある学生と話をしていた時の事
「それに対してお母様は何ておっしゃったの?」と尋ねる私
「食わしてやってんねんから当たり前や」って言ってました と彼女
何の話題だったかは、もはや忘れてしまったが私は一瞬自分の耳を疑ってしまった
「えっと、それはお母様がおっしゃったんだよ・・・ね?」
夢を現実のものとしようと彼女がいくら努力をしている最中でも、ご家庭でこんな会話がなされているとしたら正直厳しいな・・・と私が思ったのは事実だ
でも実はこんな話はほんの一例に過ぎない
実際学生への言葉遣いの訓練より保護者の方の・・・と思ってしまう事は失礼ながら数えきれない程ある
学生の方が若い分だけ素直、かつ習得力もあり、日ごとに素敵な女性へと成長してくれる
私は思う 母親は子供にとっての最初の日本語教師なのではないのだろうか、と
社会に出て様々な方々との出逢いや環境下で、何よりその人自身が気づき、成長していくまでは、家庭こそが一番の学びの場となる
その影響たるや計り知れないものがあるだろう
育ちがいい等と言うと、世間ではとかく経済的な面を捉えがちだが、私にはどうもしっくりこない
精神的な豊さを育める環境こそが、もっとも大切かつ貴重であり、それを表す一つとして言葉遣いがあげられるのではないだろうか
つまり、自らがどの様な言葉を選びとり、自分の想いを表現し、毎日を丁寧に重ねていくのか・・・
ひとつひとつの言葉にやどる言霊を大切に・・・
一番そばで聞いているのは何より自分自身なのだから・・・
中でも最も力を入れていたものと言えば間違いなく「日本語面接対策」があげられるだろう
日本人なのに日本語での面接対策? そう不思議に思う方もいるかも知れない
「私は外資系を目指しているので日本語での面接対策は必要ないです」
かつて学生だった私も入学手続きの際スクールの事務の方にこんな偉そうな事を言ったものだ
しかし普段当たり前に話している母国語である日本語がこれほど奥深く又、いざという時公の場で正しく話せるかというと、なかなか難しいものがあるのではないだろうか
以前もこのブログで書かせていただいたが、エアライン業界において「第一印象」というものは非常に重要な役割を示す
書類選考を無事通過した後の最初の面接では大げさに言えば第一印象しか見られていないと言っても過言ではない
それを形造る5つの要素「挨拶・言葉遣い・身だしなみ・表情・立ち居振る舞い」の中で一朝一夕に身に付かない「言葉遣い」の授業に私は相当の時間と労力を注いて来たつもりだ
それは単に試験に突破する事だけを目的とするのではなく、何より一人の女性として学生達により輝いてもらいたいという願いからだ
以前JALで人事をしている友人からこんな興味深い話を聞いた
「ここだけの話だけどね・・・」と笑いながら彼が話してくれた裏事情はこうだ
一昔前、つまり携帯電話やメールがなかった時代、試験の連絡はすべて会社から受験生の自宅への電話だった
その際、わざとその受験者がいない時間帯(学校や仕事に行っている時間帯)を狙ってかけていたとの事
その理由はただ一つ ご家族の方の対応を見る事が目的との事だった
このいかにも古典的な方法がJALらしいと言えばそれまでだが、このやり方、あながち間違いではないと私は妙に感心してしまったのである
ある学生と話をしていた時の事
「それに対してお母様は何ておっしゃったの?」と尋ねる私
「食わしてやってんねんから当たり前や」って言ってました と彼女
何の話題だったかは、もはや忘れてしまったが私は一瞬自分の耳を疑ってしまった
「えっと、それはお母様がおっしゃったんだよ・・・ね?」
夢を現実のものとしようと彼女がいくら努力をしている最中でも、ご家庭でこんな会話がなされているとしたら正直厳しいな・・・と私が思ったのは事実だ
でも実はこんな話はほんの一例に過ぎない
実際学生への言葉遣いの訓練より保護者の方の・・・と思ってしまう事は失礼ながら数えきれない程ある
学生の方が若い分だけ素直、かつ習得力もあり、日ごとに素敵な女性へと成長してくれる
私は思う 母親は子供にとっての最初の日本語教師なのではないのだろうか、と
社会に出て様々な方々との出逢いや環境下で、何よりその人自身が気づき、成長していくまでは、家庭こそが一番の学びの場となる
その影響たるや計り知れないものがあるだろう
育ちがいい等と言うと、世間ではとかく経済的な面を捉えがちだが、私にはどうもしっくりこない
精神的な豊さを育める環境こそが、もっとも大切かつ貴重であり、それを表す一つとして言葉遣いがあげられるのではないだろうか
つまり、自らがどの様な言葉を選びとり、自分の想いを表現し、毎日を丁寧に重ねていくのか・・・
ひとつひとつの言葉にやどる言霊を大切に・・・
一番そばで聞いているのは何より自分自身なのだから・・・