恋じゃなくなる日(歌詞)の恋じゃないものとは?
なので歌詞についてあれこれ考察したいという方はご注意ください。
「恋じゃなくなるとは何なのか?」
以前、「いつかのメリークリスマス(歌詞)の椅子のなぜ?」を書きました。
今回は、こちらも長年の疑問だった「恋じゃなくなる日とは何なのか?」に
ついて、ドキュメンタリーでの稲葉さんの発言から紐解いてみました。
インタビュー
「恋じゃなくなり何になったのでしょうか?」
結論から言うと、稲葉さん自身も「こうなった」と明確な答えを出しているわけではないように感じました。
概念的な説明やヒントは語っているものの、最終的な答えはリスナーに委ねているというか。
なので、そのヒントを元に私なりの解釈を書くに留めます。
もちろん、別の解釈もあるかと思いますので、その点はご了承ください。
インタビューの中で、稲葉さんはこのように語っています。
恋じゃなくなった時にフレンドになるのかどうかがテーマ。
でもそんな簡単にいくわけないじゃないですか。
歌の中では完全に恋だった時期とは違っている。
相手のこともたくさん知ってるし、全てがワクワクするような謎だらけでもないし。
新鮮でピチピチした感じの恋とはもう違うんだけど、かといって友達にもなれないなというところで。
依然として、例えば、急に腕組んだりしてきて戸惑うわけじゃないですか?
お互い魅力は感じてるけど、過渡期と言うか、どの時点で恋じゃなくなるのか?の疑問が歌になっている
だから本当、フレンドになっているかは分からないんです。
でも、強く繋がっているわけです、相手に対して。
そういう太い繋がりを持った相手のことをFRIENDSと表現したいのかもしれないですね。
まず、「恋じゃなくなった」とはいっても、それがそのまま「愛に変わった」という単純な話ではないように聞こえました。
もちろん、広義で捉えれば「そういう関係も何らかの愛なんじゃないの?」と言われればそれまでなのですが、少なくとも稲葉さんの言葉からは、恋愛から別の明確な関係性へと置き換わった、という回答ではありません。
むしろ、
「恋とは違う。でも普通の友達とも違う。」
その間にある、名前を付けるのが難しい関係性に聞こえますね。
ここで重要になってくるのが、アルバムタイトルである「FRIENDS」です。稲葉さんも「結局フレンドになっているかは分からない」と語っています。
それなのに、なぜ「FRIENDS」なのか。
インタビューでもあるように、「友達」という一般的な意味ではなく、もっと広い意味での「強くつながった相手」というニュアンスがあるのではないかと思っています。
「もう恋と言う関係ではないけれど、この人とはこれからも太い繋がりをもって生きていく」
そういうことに気づいた、あるいは受け入れた瞬間。
つまり、「恋じゃなくなった日」に何か別の名前の関係になったというより
恋という関係性からは離れたけれど、それでも決して切れることのない、太い繋がりが残ったそんな日なのではないでしょうか。
そして、ここがこの作品の凄いところだと思うのですが、実はこの曲中で明確な「解決」までは出されていません。テーマは「葛藤」ですからね。
「解決」は次の曲『どうしても君を失いたくない』へとつながっていきます。
「恋じゃなくなった日」ということが、決して「君との関係が終わった」という意味ではありません。
むしろ、恋と言う形ではなくなったからこそ、その相手との繋がりだけはどうしても失いたくない。という結論に達したという解釈です。
以下は余談です。
我々が相当昔にブログで語っていたことはあながち間違ってなかったんじゃないかと思っていますので参考までにどうぞ。
大分初期にやったので、この稲葉さんの想いを知って、もう一度振り返りたいんですけどね。
でも今は、ぐらさんが言うように、この関係性や状況ってどういう事を指すんだろう?とは感じるんです。
一緒にはなれないけど、太く繋がっている相手っているんですかね・・・?笑
私自身で考えてみても、近しい人はいるかもですが、でも恋とか付き合ってた関係ではないのでちょっと違うかなと思いますし。
例えば、お別れした相手に対しても、元通り?的な感じで、お互いの幸せを願えるような関係とか、そういうのが一番近いのかな!?
皆さんはどう思われますか?
VAN