土田和歌子 選手 陸上競技
プロフィールつちだ わかこ1974年10月15日 東京都出身車椅子陸上選手陸上競技障害クラスT54八千代工業株式会社所属土田和歌子選手 八千代工業株式会社土田和歌子 オフィシャルブログ高校2年の時、友人とドライブ中に事故に遭い車椅子生活に。1993年11月、長野県で開催されたアイススレッジスピードレースの講習会に遊び心で参加したことがきっかけで、ノルウェー人の講師から才能を見込まれ、3ヶ月後に迫っていたリレハンメルパラリンピックに急遽出場。高校卒業後、東京都の職員として働きながら本格的にトレーニングに励み、長野パラリンピックでは金2銀2、計4つのメダルを獲得し、一躍障害者スポーツを代表する選手として注目を浴びた。また、1996年頃から車いす陸上競技にも挑戦し、2004年アテネパラリンピックでは、5000mで金メダルを獲得、日本人初の夏冬パラリンピックでの金メダリストとなった。2005年にセイコ・ハシモトインターナショナルコーポレーションの担当マネージャーと結婚、2006年に長男を出産した。2000年 シドニーオリンピックの公開競技として行われた車いす800メートルレースに日本人選手として初出場し、銀メダルを獲得。2000年 シドニーパラリンピックの車いすマラソン 銅メダル2001年 大分国際車いすマラソンのフルマラソンで1時間38分32秒の世界最高記録を樹立2004年 アテネパラリンピック 5000mで金メダル、フルマラソンでは銀メダルを獲得2007~2011年 ボストンマラソン車いすの部 5連覇2010年 ロンドンマラソン 優勝2010年 ベルリンマラソン 優勝2012年 ロンドンパラリンピック マラソン女子 5位入賞2013年 大分国際車いすマラソン で1時間38分07秒を記録し、12年ぶりの世界記録更新2015年 スイスの3大会で連戦し、400m,800m,1500m,5000mの全トラック種目で日本記録を更新2016年 東京マラソン 9連覇(Wikipediaより)(インタビューにて、現役を続ける競技者としてのモチベーションはどこからわいてくるのかを聞かれて)「まだメダルを取りたい」という思いが自分にあるからでしょうね。メダルを取ることがすべてとは思っていませんが、自分が成長するための自信になるんです。 また、マラソンではまだ金メダルを取れていません。直前の状態がとても良かった北京のパラリンピックはトラック競技でけがをした影響で出られず、12年のロンドンでもレース中に転倒して5位でした。北京の後はさすがに気持ちが落ち込んで引退も頭をかすめましたけど、「終わってしまったこと」と割り切って、どん底のような状態に長くとどまらないよう気持ちを切り替えました。そして、まだ納得感のようなものを得られていないから、選手を続けているんだと思います。世界で戦える可能性は今でも感じているので、自分の可能性を感じながら挑戦したいです。(障害者スポーツを取り巻く環境について聞かれて)選手の強化については少しずつ見直されています。昔は強くなるための合宿なども自分でお金を出さなければできなかったのですが、まだ十分に満足できるレベルではないとはいえ、今は代表選手の合宿が増えています。20年の東京パラリンピックに向け、競技用の車いすを体験できる教室なども実施されてきたので、普及の点も変わってきたと思います。 逆に一番、普及のネックになっているのが練習場所の確保です。車いすで走ることができる場所を探すのは大変です。東京都内でも陸上競技場も車いすの走行を認めていないところもありますし、ロードでの練習は多摩川沿いのサイクリングロードを使っていますが、ジョギングもサイクリングもブームで週末は利用者が多いため、平日に練習することが多いです。「思い切り走れる場所がもっと増えたらいいな」という思いは、全国の車いす陸上選手が抱えていると思います。そうしたこともあり、普及活動をしてもその後の受け皿がまだなかなかありません。20年は世界中の注目がここ東京に集まります。現役を続けていられるか分かりませんが、大会の成功に向けて自分がお手伝いできたらいいなと思っています。(毎日新聞連載 動画で迫る より)一口コメント20年以上にも渡り、障害者スポーツ界の先端を走り、現在も進化し続ける鉄人。ママさんアスリートの希望の星だと思う。