稲葉浩志ソロアルバム「Singing Bird」に収録。
普段から他者との絆を重んじつつも何より自分らしさを尊重してきたイナバイズム☆
ついに孤独をススメましたよww
しかし本詞でいう"孤独"とは"ひとりぼっち"のようなネガティブな意味とは違います。
"孤高"に近い意味合いかな??
しかし"孤高"だと敷居が高すぎるので敢えて"孤独"に言いかえたと個人的には推察しています。
個人は社会の一員だと前提した上で自分と向き合う時間を"孤独"と表現していると考えられますね。
その"孤独"から得られる『新しい言葉』こそ自らの意思だというコトなんでしょう。
では詞に目を向けてみましょうか。
真っ先に目を引く『ヒプノタイズ』。
「ヒプノタイズ」とは【催眠術】という意味だそうです。
『みんながいるからひとまず安心』
"赤信号 みんなで渡れば 怖くない"みたいな集団心理は確かに妙な安心感を与えてくれますよね。
しかし多数派に迎合する事で得られる『連帯感』や『強くなった気』はすべて大きな勘違いです。
そしてそんな勘違いを重ねた結果は最悪のヒプノタイズに行き着きます。
『悪いのはあいつだ とりあえずあいつを懲らしめろ』
子供‥
最近では大人もですか??
彼らが平気で行ういじめ等の行為のほとんどはこういう集団心理から起こるものなんでしょう。
"朱に交われば赤くなる"
周りの流れに身を任せた集団思考はとっても楽チンです。
しかし『何にも疑わず考えるのサボりまくって』その結果『痛い目にあってから 泣きっ面で犯人探しに躍起』になるなんてナンセンスだと思いませんか??
すべての決定は自分自身の意思で行われなければいけないのです。
もちろん周りの雰囲気に合わせるコトも大切だと思います。
個の意思を貫けば自己中心的だと思われるかもしれません。
『必死に空気ばっか読んでたら 自分の名前さえわかんなくなっちゃうかもよ』
しかし他人の顔色ばかり窺っていたらいつか自身の意思すら無くなってしまうかもしれない。
集団心理にはそんな危険を孕んでいると知らなければいけません。
『たまにはひとりで 寂しく強く考えてみてよ』
他人に与えられた決定で得られるモノなんか何もありません。
自ら決定するコトが重要なんです。
何よりも起こった結果の責任を他人に押しつけるなんて超格好悪いでしょ!!?