前に娘が遊びに来た時、私の髪があまりにも長くなっていたので、娘が「短く切ってついで少し明るめに染めてあげるよ恋の矢」と言ってくれたので、梳きバサミや髪染めまで購入し夜を楽しみにしていたのに、その夜突然私の体調が悪くなり取りやめになってしまいました。そんなわけで、「髪どうしようかな~、、」と悩んでいたら、先週の日曜の夜に「また行けるよ!」ラブラブというので、娘にやって貰うことに。娘は美容関係にはとても詳しく、髪の染め方や梳き方など、ちゃんと美容師さんからノウハウを教えて貰っていて心得ています。 で、結果、やってもらって正解でした! 美容室へ行って2万円払うのと同じ出来具合。纏めやすいく自分でセットしやすい髪型になりました。
親孝行なことにこれからは娘が私の専属美容師さんになってくれるとのこと。美容師さんにはいろいろ注文をつけられませんが、娘だといろいろ言えるし、娘もちゃんと私の容姿のことを気にしてくれます。面倒くさがりやの私には嬉しい話です満

娘が来た翌日はお彼岸の月曜日、天気も良くて気持ち良かったので、朝は苦手で午前中一杯は寝ているだろう娘と息子を家に置いて、相棒と私は玲奈を葉山のパドックに連れて行きました!  下はその時の写真。
$Nana’s Journal
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最初は怖がったけれど勇気を出して鞍乗祝日 牧場のおじさんに馬を引いてもらってパドックを2週した後、スラロームも体験しました。 玲奈は馬の動きに合わせてup and down 、、と上手です。 子供は自然体だからすぐに上達しますね。 大人だと頭で考えちゃうから最初はとってもぎこちない感じになっちゃいます。  

明るいパドックは、ポニーが3頭、犬が7匹もいていつまでも遊んでいたい気分にさせます。 玲奈も帰るのを嫌がっていました。 (携帯の動画撮影モードで獲ったVideoを使いブログに動画を載せるのに初挑戦します! 私の声が入っちゃったので音声は消してあります。悪しからず! まぁ、ちょっとだけでしたがワンコ達、可愛いですねぇ! 

午後からは亡くなったHの友達と霊園近くのそばや「壽徳苑」で昼食をし、またまた皆でHのお墓参りをしてきました。 その夜は英会話のメンバーとお友達の家のお通夜へ。 友人のNさんに会いましたがなんかお定まりの慰めの言葉は出てきませんでした。 そのうち皆で食事をしようということになりました。まぁ、49日が過ぎてからになるかな。  

お彼岸の日は春めいた陽気で暖かく朝からいろんなことができて超ハッピーでしたが、今日はまた寒くて冬に逆戻り。 しかも、雨だしネ。。。 
あぁ、早く天気が落ち着いてくれないかなぁ

2週間程前に娘と孫の玲奈が3泊の予定で遊びに来ました。 婿どのは休みも取らず休日もお仕事だそうで、それならばと娘は羽を伸ばしにやってきたのです。    


実家に戻ると楽だと娘は言います。 戻っても食事の支度などちゃんと手伝ってくれるし、私から見れば私は助かるけど彼女が楽しているようには見えない。 羽なんて伸ばせるの?って感じですが、彼女に言わせると、玲奈が楽しそうにしてくれてるだけで相当助かる、、のだそうです。 まぁ、その点はね、、まかせてドラえもん頂戴って感じです。 なんたってNanaやJJそしてEおじさんそれからゴールデンのナギおばさんに、いとこのシャチくん(笑)が玲奈と遊びたくて手薬煉引いて待ってるもの。 ホントに。 でも、確かに一人で1日中幼児の相手をしているのは精神的に大変ですよね。 私としてはもっと頻繁に玲奈を預かれたらいいのにと思ってしまうのですが。  


滞在2日目の土曜日には友人Oの娘達も遊びに来てくれました。 夜は一緒にお風呂に入ったり、女3人、姦しかったです。 

ただこの夜、私は激しい腹痛に襲われー陣痛以来の激しい痛みで、我ながら怖かった! 腸捻転かとか思いました!ー相棒と娘に付き添われて近くの救急病院へ行く羽目に。 レントゲンを撮ってみたら腸がガスでパンパンになっていました。 原因は、お医者さん曰く、足を冷やした為冷たい血液がお腹に流れ込み腸が動かなくなったのではとのこと。 足湯で足を暖めなさいと言われお薬を頂いて帰ってきましたが、兎に角、朝の4時近くまでお腹が痛くて大変でした。 

今思うと、この後、風邪をひいて具合が悪くなってしまったので、もしかしたらこれは風邪の予兆でウィルスのなせる業だったのかもと考えたりしますが、とりあえず、教訓を学びました。 冷えは万病のもとです! これに恐れをなした万年末端冷え性の私、今も低温設定でファンヒーターをバッチリつけていますし、靴下もしっかり2枚入っています合格 


話は横道にそれましたが、、、娘は実家に戻ってまでも、器用に玲奈の幼稚園の準備にバッグなどを作っていたので、その一部をご紹介致します。 玲奈は4月から晴れて幼稚園生! 来月からママの愛情たっぷりの手作りのバッグを使って幼稚園をライフをスタートさせます。 

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お弁当入れに歯磨きセット入れ、ランチョンマットも持参するそう。 様々な袋。 

これからお弁当作り、毎朝大変でしょうね。 

 

これはどう仕上がるのかな? 

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「私、雨が大好き! 雲さんはお友達なのよ」とは、玲奈。 

この図柄気に入っているようです。  

  

私も子供達が3歳ぐらいまでは彼等に洋服とか作っていました、、、、。 ぬいぐるみとかも編んでたし。 でも、出来はイマイチだったなぁ! 小さい頃はお裁縫していても、『畳屋じゃないんだから』なんて言われた私は自慢じゃないがとても不器用。 家の子供達、物心ついてからは私が手芸している姿なんて見たことないんじゃないかなパンチ!。 

娘がこんなことをしているのを見ると、「こういうのって環境じゃな~、親の教育とも違うね~」などと思ってしまいます。 教育って、、、ま、たいそうな言葉ですが、何をどういう風に教えるかって難しい。 親が上から目線で何か教え込もうとすると必ず弊害が起きますよね。 

結局、子供が自発的に楽しんでできるようになることが一番良いこと。 
持って生れた何かを引き伸ばしてあげるのが子育てで、親が出来ないことについては何も言わないのがベストなんですね -これ20数年の経験から証明された真実かな。  

        


 

 


すっかりご無沙汰してしまいました。 

でも、この間,ブログのことを忘れていたわけではなく、フォルダーの中には途中まで書いた日記が数件、下書きのままの状態で残っています。 何故書き終えられなかったかというと、、、2週間前に風邪をひきましてカゼ、それからは体調不良のままなんとか日々のスケジュールをこなすだけの日々を過ごして、、、。で、やっと治りかけたと思ったら今度は花粉症の症状にさいなまされ、、目は痒く、体はだるく、頭はボー状態。 咳も相変わらず出ていたので兎に角なんにも集中することができませんでした。 しかも外でアルバイトを始めた為、午後のわずかな時間しか一人になれないスケジュールになってしまっていて、じっくり心ゆくまでパソコンに向かうこともできない。。。 

。。。ちょっと、ちょっとぉ、言い訳ばかり言ってないでむっ、もっとマメに書けばいいだけじゃないパンチ!。 ごもっともです。  でも、あ~、時間が有り余っていたちょっと昔が懐かしい!

 

とにかく、、、桜の季節の前のこの季節の変わり目に私は必ずと言っていいほど体調を崩します。

花粉の所為かすっきりせず気分が落ち込んだりするのがつらいです。

本当に皆さんも体にはくれぐれもお気をつけ下さい合格。   


さて、今日は朝から息子の運転手で入管へ。 東京入管の横浜支局が山下町から金沢区鳥浜町へ移ったので車で行ったほうがアクセスが便利になりました。  場所は鳥浜町の埠頭の片隅(ひどく辺鄙場所です)にあるのですが、新しい明るい建物は入管らしくなくて良い雰囲気。 何故入管へ?というと、来月、息子はマカオに行くことになっていてその準備に再入国許可証を貰いに行ったのです。  職場の懇親会だというこの旅行、息子はあまり乗り気じゃなくて 「渡航目的ってビジネスでいいかな~?」なんて訊いてきます。 「英会話教師がマカオへビジネストリップ? 違うんじゃない? 観光でしょ。 サイトスィーングでしょ。 」と私。 「だいたい、汚らしいジーパン姿で髪もバサバサなあなたがマカオでビジネスなんていったら麻薬かなにかの売人かと疑われちゃうかもよ~ ドクロ」なんて冗談を言いながらの道中でした。 それにしても、懇親会のためにチケットを払ってくれる会社なんて、、こんなご時勢に景気の良いところもあるもんです。 それとも景気は上向き傾向にあるのかな?  

家の仕事だと全然分からないなぁ。。。 と、とにかく、2年間有効な再入国許可証は30分も待たずに発行されたので、お昼はすぐ近くのコストコへ。  息子はピッザ。 私は、ザワークラウトをたっぷりかけたホットドッグとソフトクリームを頂きました。 勿論、息子の奢りでラブラブ  



、、でも、楽しかったのは午前中のみでした。 家に戻ったら逗子ママHから電話があり、英会話のメンバーの旦那様が亡くなったとのこと。 通夜は21か22日になりそうとか。。。  胃癌で手術をしたのが昨年秋。 つい最近は歩いているのを見かけたってうわさを聞いていたのに。 

      

仕事に行く息子を駅まで送り家に戻る途中、4年前に主人を亡くした時のことを思い出していました。 泣きながら運転していたあの時の事を。 危ないからと自分で戒めても、、とにかく、流れ落ちる涙を止められなかった。 そのまま事故で死んでしまっても構わないとさえ思った。 自分だけが別の世界にいるような気がした。 全てが変わってしまった、そのつらさったらなかった。 


変わってしまったことは彼がいなくなったこと。 

勿論、生きている私は新しく何かを造っていく(生きていく)努力はできる、けれど、彼は突然いなくなり、もう2度と会えないという事実は変えようもなく、その悲しみは4年経った今でも癒されてはいない。 勿論、今はいつもそんな悲しみの中にいるわけじゃないけど。   


ご主人を亡くした彼女のことを想う。  仲の良いお二人でした。 通夜には必ず行かなきゃ。


ついでに、、16日はHの命日でした。 

相棒、息子、私と渚でお墓参り。  

「以前亡くなったHとジイジのお墓参りでここに来たとき、『こんなところに入るのヤダなぁ~』って言っていたのにねぇ~。」と私が昔彼とお墓参りをした時のことを思い出して言うと、相棒が「アイツは海にいるんだろう」って言ってくれた。 そうだよね、、。 海にもいるんだよねぇ。

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そんなことを考えると、死後の埋葬の仕方や供養の仕方なんてなんだか分からなくなっちゃう、、、でも、あなたはこれで良かったんだよね。