両親はそこそこ人並みにキレイ好きでしたね。
自営の共働きですごく忙しそうだったけど
家の中も片付いていて、洗濯物を取り入れたまま
畳まずに放置なんてこともなかったし、
玄関や廊下に物が出しっぱなし置きっぱなしという
こともありませんでした。
裕福ではなかったけど今家にある物を使って
いろんなものを上手く収納してたような気がします。
例えばインスタントコーヒーは飲む銘柄が
決まってたので、同じ形の空き瓶を揃えて
お菓子入れやお砂糖、ミルク(プチ容器)入れにして
小奇麗に並べてました。
亡くなった父は仕事を引退したあと百円ショップに
ハマっていてちょこちょこ買い物に行ってたそうです。
でも私みたいに目に付いたものを片端から「便利そう!」
「いつか使いそう!」と買い込むのではなく、
予め用途を決めて事前に寸法を測っていってそれに
副うものではければ買わない、と徹底したものでした。
母も父ほど几帳面ではないけど、2人とも戦中・戦後の
厳しい時代を生きてきたせいかどうか、物を買うことには
慎重で、慎ましく質素という言葉がピッタリでした。
今も実家に帰ると、子供の頃には気が付かなかった
「快適さ」に改めて気付かされます。
居間のフローリングにゴロリと寝転んでも、部屋の隅に
ホコリが・・・なんてこともない。
「一人身になって掃除機は週に一度になった」とか
「部屋の隅をきっちり雑巾掛けしておけば手抜きでも
キレイに見える」とか母は言うけど、それにはまず
部屋がちゃんと片付いてることが前提なんですよね。
ようやく気持ちの整理がついたので処分するという
父の遺品も、当然だがちゃんと分類されていて
うちの16万円のゴミ のようにしっちゃかめっちゃかなんて
ことはない(というかもし自分や旦那に何かあったら
あのゴミの中から遺品を取り出さなければならなかった
と思うとホッとするよりなんだか orz な気持ち…)。
と、まあこんな両親なのに何故私は片付けられない子
なのでしょうか。
片付け遺伝子は受け継がなかったのか…。

