また ひとつ・・・
歳を重ねてしまう
この 一年 どんな 意味を持った 1年だっただろう
誕生日なんて もう 何年も前から 嬉しいことでは ない
むしろ 1年 1年 重ねるたびに
1年に1度の 一番 今までの過去を 振り返ってしまう日でもある
゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
誕生ケーキも
プレゼントも
素敵な ディナーも
なんの 魅力も価値も ない
お祝いしてくれる 気持ちは 嬉しく貰ってしまうけど
どうしてかな
誕生日なんて イベント 無くなってもいいとさえ
今までで 一番 心に 残っている 8月8日 は
小学生の夏休みまっただ中
仕事を終えて帰って来た あまりしゃべらない父が
笑顔で わたしの 名を 呼んで
差し出してくれた 大きな大量の花火セットだ
それ以外 誰に 祝ってもらっても
どんな演出をされても あまり記憶に残っていない
どうしてかな・・・幼いころ父からもらったプレゼント
ずっと 大切な 想い出として 濃く深く残ってる
゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
どうして 私は 誕生日と言う 厄介なものを抱えて
生まれて来たのだろう
この歳にもなって こんな疑問 本当に
情けなくなる
どうせ 最後には 全て なくなってしまうのに
おめでたい気分なんか まったく 持てなくて
ただの 偏屈女 なのかもしれない・・(笑
一番申し訳なく 想うのは お腹を痛めて 私を生んだ 母親に
命をかけて 母親は 子どもを この世に 生み落とすのに
ヒトの 命を そばに感じたのは その 生み落とされた 女の子が
母に なった時
我が子を 生んだ あの日こそ
わたしの 本当の 誕生日かもしれない
これまでの 生きて来た時間
社会のみんなに 合わせるように なんとか なんなくやってきたつもりだけど
心の底は 本当に 馬鹿くさくて 仕方なかった
幼稚園の頃の記憶
小学生の頃の記憶
中学 高校 そして 少しずつ 大人へと
姿形は 変わっていったけれど
カラダの真ん中に ある 不確かにだけれど確実に
ずっと
人は皆 こんなこと 言うと
ある種の 病気と すぐに 名前を 付けたがるんだろう
いたって 平常のまま
泣く事も 笑う事も 自然と出来た自分に たびたび 驚きながら
動揺しながらも このヒトの世界を 客観的に みて来た
そもそも 年齢とか いらないじゃん
なに 年齢って
年じゃないよね
まず みる視点 そこから 私は 見てる角度が
違う
めでたいのは 母にならせてもらった あの日
あとは 休みの 多い 盆と 正月 だ(´0ノ`*)
゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
最近 不規則な 睡眠のリズムで 少々脳細胞が お疲れチャン
眠りたいのに 眠れない
だって 基本 夜型だしぃぃぃ
でも 明日も 普通どおり 仕事だしぃぃぃ
辛いのは 自分だしぃぃぃ
あした 職場の ヒトに 言われるのだろう
おめでとうって
そのたび 笑顔を 作って ありがとうと 返さなければならないのが
本当に 今から 憂鬱だ
happybirthdayを 言ってもらって 嬉しいと ココロが
自然に 感じる事が 出来たら
きっと その人は 私にとって 心から 必要として
大切に 想う 人だろう・・・
あした 仕事 行きたくない(笑
仕事人間は 行くけどね 仕事しに
(笑
さて そろそろ 次の 年齢とやらに 行きましょか
来年は もっと 卑屈な 人間に ならないことを 願って・・・
まったく 困ったものね
一体 わたしは なんなのかしらん