Grünberg

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素組・塗装派雑食モデラーが仕事の合間に模型を作るブログ
メジャーよりマイナーを、マニアックなものを

とりあえず毎週のように模型に触れてるブログ。

基本的に私のやり方は邪道なので、きれいに作りたかったら真似しない方が吉です。

製作工数を汚しで減らす。それが俺の正義~ジャスティス~!
例年より多くの決算手当が出るそうなので、そろそろ三条城フィールドワークに行こうかと。

狙っているのは今週土曜、朝イチCFで

三条城本丸跡の地図表示

まぁ地図見た感じだと燕三条駅(地図上で上越新幹線と弥彦線が交わる場所)からはそんなに歩かんでもええかなぁと。

三条島城跡の石碑と周辺の風景

古代〜中世の三条城跡

跡とは言っても江戸初期に廃城、幾度の信濃川の洪水と河川改修で原形はとどめておらず、石碑が残るのみです

三条城本丸跡の看板と周辺

こっちは市橋長勝が改修した三条城の本丸跡

弥彦線の北三条駅前にも三条城跡のプレートがあるらしいし最低限そこ寄りたいですね
なんか訳の分からんタイトルだとは思いますが・・・
 
スペイン継承戦争の結果、ハプスブルク家は南ネーデルラント(現・ベルギー王国)については領有しておりました
 
18世紀にはオーストリア継承戦争、七年戦争などでオーストリア領南ネーデルラントから徴募された連隊がオーストリア軍に混じって戦闘を繰り広げたようです
 
リニュ連隊はそうした南ネーデルラントから徴募された連隊のひとつで、ピンクのエポレットと胸部・袖部・裾部のピンク色、襟の赤の定色だったようです(資料を見る限り
 
もっともこの衣装は18世紀末~19世紀初頭ぐらいのようですが、その頃は革命戦争頃で南ネーデルラントでのオーストリア・ハプスブルク君主国からの独立戦争が強まってた頃ですので、この組み合わせは有り得ないといえば有り得ないのですが、知らんがな塗っちまったよ
 
エポレットを着けなければ普通のオーストリア"ドイツ人"連隊擲弾兵として作ることも出来たけど、まぁ仕方ないっすね気付くのが遅すぎた。。
 
ちなみに、オーストリアはドイツ語以外にも領内に非常に異言語地域を含んでましたが、なんで多言語兵の軍隊の編成や指揮が可能だったかというと、当時は集団戦法で歩兵は何も考えず士官からの単純な号令に従って行進や機動展開、銃砲の発射をしてたので、教練でその号令を徹底的に叩き込めば大丈夫だったみたいです
 
 
私はキホン趣味ではアマノジャクで戦列歩兵に関しては多少知識があるので、こんな風にテキトーにアレンジして塗ってしまいます
 
(ほぼほぼ塗装見本通りに塗ったことがない
 

リニュ連隊兵士フィギュア:オーストリア継承戦争

 
 

リニュ連隊 18世紀オーストリア兵フィギュア

 
 

リニュ連隊のミニチュア兵士フィギュア

 
 

リニュ連隊 figuras オーストリア軍兵士

 
 

リニュ連隊、オーストリア兵フィギュア

 
 

リニュ連隊、オーストリア継承戦争の兵士フィギュア

 
 

オーストリア軍リニュ連隊兵士フィギュア

 
 

リニュ連隊 兵士 フィギュア

 
 

リニュ連隊 兵士 フィギュア

 
 

リニュ連隊兵士ミニチュア figurine

 
 

リニュ連隊兵士フィギュア 欧州近世軍装

 
 

リニュ連隊 擲弾兵 フィギュア

 
以下塗装工程
 

リニュ連隊の模型、ピンクと赤の衣装

 
リニュ連隊にするぞ!と久しぶりに資料本を見て格闘する
 

リニュ連隊フィギュアと塗装用品

 
こんな変わったことするの、日本広しといえど俺ぐらいだろうなぁ(嘆息
 
オーストリア帝国、リニュ連隊の軍装品
 
ちなみに元キットはこれの右です
割と好きな零式水偵で急降下爆撃

が、着陸に失敗しあぼーん

トラック泊地と違って、着水出来る水辺なんてなかったんや...










ようこそ、桜の印鑑


 

蒸し調理の焼きそば、春キャベツと豚肉

 
続・昼に蒸し調理で焼きそばをつくる
 
今回3人前作ったため、普段は自分で昼食を調理せねばならない両親に感謝されました(^q^)
 
なお春キャベツの外葉を使いすぎたためもやしを入れるのを忘れました