Grünberg

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素組・塗装派雑食モデラーが仕事の合間に模型を作るブログ
メジャーよりマイナーを、マニアックなものを

とりあえず毎週のように模型に触れてるブログ。

基本的に私のやり方は邪道なので、きれいに作りたかったら真似しない方が吉です。

製作工数を汚しで減らす。それが俺の正義~ジャスティス~!
瑞雲にて水上離着水







おまけ

白い猫が温かい場所で眠る

ふうちゃんは相変わらず暖かい寝床を探してます

煮込みそば、わかめ、人参、豚肉入り

昼は自分で煮込みそばをつくりました
鹿の浦、この地は古来より哀しい逸話が伝わる
 
国司に任官され先に任地へ赴いた父を追い、安寿と厨子王母子は徒歩でその地へ向かっていた
 
だが、直江津で人買いに騙され、母は佐渡国へ、安寿と厨子王は播磨国(現在の兵庫県)へと送られた
 
母は鹿の浦の地で安寿と厨子王を思い続けたが、長年のつらい奴隷労働が祟り失明してしまった
 
一方で安寿と厨子王も母を思い、成長した厨子王は父と同じように国司となり、二人は佐渡国へ母を探す旅に出た
 
安寿は長くつらい旅程を終え、ここ鹿の浦の地で母と再会する
 
母と抱き合った安寿は安堵と嬉しさでその場で息絶えてしまう
 
母は大いに悲しみ、安寿を鹿の浦に埋葬した。
 
やがて厨子王も到着し、安寿を弔い、母を鹿の浦から連れ出して任地で幸せに暮らした
 
ちなみに達者の目洗い地蔵の水で母の目を洗ったところ、母の目が再び見えるようになったという話もある。
 
安寿が亡くなった後この地の川には毒が流れ、やがて誰も住まなくなった―
 
というのが佐渡に伝わる山椒大夫の逸話である
 

 
 

安寿と厨子王の碑、悲しい逸話

 
 

鹿の浦の記念碑と松

 
 

鹿の浦の海岸線と駐車場の案内標識

 
 

鹿の浦の海岸線と標識

 
 

鹿の浦、山椒大夫の逸話の地

 
どっちがいいか、である。
 
古代・中世のように、割と自由で取り締まりも緩い代わりに、身分差があり下層民は自力救済すら許されない
 
また現代のように、規則やルール・マナーにうるさく官僚機構が整備され、それらを守ってさえいれば官警が守ってくれる
 
前者では安寿・厨子王のような悲劇が往々として起こる
 
そもそも人権という概念は西欧社会から輸入されたもので、彼らが自らの血で以て封建領主から勝ち取ったものである
 
戦争に負けるまで、日本には本当の意味で人権という概念は膾炙されなかった
 
また、官僚機構というものは戦争の必要から整備された面が大きい
 
ルイ14世による自然国境説に基づく数々の干渉戦争を行うには、軍事費の徴発と施行、戦争自体の遂行において官僚機構の整備と発展が不可欠だった
 
 
個人的にだが、私は前近代的な日本は好きではない
 
押し付けではあったが、西洋の価値観が日本に根付いたことは本当によかったと思っている
 
賛否はあるだろうが、少なくとも人身売買が公に禁止になったという観点においては。
石花―
 
そこは戦国期佐渡における外海府支配の拠点となった地
 
戦国末期、羽茂・久知との国仲の争乱にかまける河原田の間隙を突き、吉井地頭・藍原氏が突如山を越え河原田本間氏の勢力下にあった外海府へ侵攻した
 
吉井兵はあっという間に外海府を掌握し、石花村に住む飛木惣右衛門という者を代官に指名して掌握した地の統治を任せた
 
惣右衛門は後に石花将監を名乗り、石花城を拠点に小川から願までの22村を勢力下に収めた。
 
とはいえ外海府は長く陸の孤島のような場所であり、各村の自立性が高く完全なる掌握は出来なかったと思われる(石花将監を盟主とした緩やかな連合?
 
石花将監は後に藍原氏から独立し、雑太本間氏へ臣従する姿勢をみせた。
 
が、上杉景勝による佐渡征伐により救援を差し向ける暇もないまま主家が滅ぼされてしまい、それにより大きな衝撃を受けた将監は剃髪して出家し、相川に総源寺を開基した。
 
その後も仏門で亡くなった主家の菩提を弔い吉井の剛安寺にて亡くなったとされる。
 

石花城があった山、緑豊かな丘陵地帯

 
 

石花城跡への道、山と田園風景

 
 

石花城があった山、耕作地と電線

 
 

石花城があった山と田園風景

 
 

石花城跡への道、田畑と石垣の風景

 
石花城があったとされる山
 
さすがに車で行く自信がなかったので麓に車を停め歩いて行ったが意外と距離があり引き返してきた
 
どのみち凸した余湖さんの話では、耕地整備により城の遺構は破壊され尽くしているというので、今日無理して行くこともないかと思いまして。


普段は車で通り過ぎる南片辺地区へ

南片辺地区の山間にある古民家と神社


大興寺の石段と山門


大興寺の山門と石段


南片辺地区にある石像と木造建築


大興寺の石碑


大興寺の石像と古風な建物


南片辺地区 大興寺の仏像と周辺の自然


南片辺地区の大興寺、桜と石仏

大興寺へ

南片辺地区の羽黒神社、鳥居と石獅子


南片辺地区の羽黒神社石鳥居


羽黒神社の鳥居と桜

ついでに近所の羽黒神社へも

佐渡八十八箇所霊場巡りマップ

これにて相川地区の佐渡八十八箇所寺は全制覇です