金大中大統領は、なぜノーベル賞を必要としたのか。日本では想像できないだろうが、韓国内での金大中政権の支持率は就任後に急速に低下した。次の政権では、野党から大統領が選出されるのはほぼ間違いなかった。


韓国政治は、肩書をなくすと影響力を失う。影響力を維持するには、国際社会で尊敬され評価される政治家であるとの「正統性」を求められる。韓国人初のノーベル賞受賞は、それを十分に満たしてくれると考えたのである。


また、憲法を改正し長期政権を目指す場合には、「世界的に評価された韓国史上初の政治家を、一期五年の任期で終わらすのはもったいない」との声をあげさせる必要があった。


もし政権を失えば、不正やマスコミ抑圧を理由に関係者が逮捕され、調査を受けるかもしれない。それを避けようとして、これまでどの政権も各種の「陰謀」を試みたが、いずれも失敗した。


政権終了後のことは「国民の判断と評価にまかせる」と宣言すれば、国民は尊敬し評価するが、権力者になるとそうした正常な判断ができなくなるようだ。


これまで、調査や逮捕をまぬがれた大統領経験者は金泳三氏だけだが、彼の場合は大統領職を利用して蓄財や集金をしなかったからである。大統領が蓄財や集金を始めると、必ず側近たちが同じことを始めるのであった。長期政権と蓄財への誘惑、これがなお完治されない「韓国病」である。

11月15日、ポーランドの自主管理労組「連帯」のワレサ委員長は、アメリカの上下両院合同会議に出席し、「東欧は、自由と民主主義と平和をもたらす投資を歓迎する。米国がポーランドを、パートナーとして、また友人として扱うことを望んでいる」と述べた。当時の朝日新聞は、「合同会議には両院のほとんどの議員が出席し、ワレサ委員長がポーランドの民主化と自由への戦いに言及するたびに、何度となく立ち上がって拍手を送った」と、その光景を伝えた。


レーガン大統領が築こうとした強いアメリカのイメージは、後継者のブッシュ政権のもとで、ようやく国際的に輝いた。東欧の民主化運動は、1985年にゴルバチョフが掲げたペレストロイカによって強く励まされていた。それがソ連の威信を高めるのではなく、アメリカの威信を高める結果となった。


1991年12月21日、ロシア以下11共和国首脳会議で独立国家共同体の設立が調印され、26日、ゴルバチョフはソ連大統領を辞任した。74年にわたるソビエト連邦の歴史はその幕を閉じた。


ゴルバチョフが性急に進めようとした市場経済は、計画経済の陰に隠れていたヤミ経済を一気に膨らませ、社会主義経済は全く麻痺してしまった。炭鉱で働く坑夫に対して石鹸も行き渡らないという事態になった。高価な素材や部品や石炭などが、計画経済の流通コースから大量に外れ出したために、多くの工場の稼働率が低下した。その一方で、配給権と販売権の双方をにぎる共産党官僚がたらふく私腹を肥やしたことは、想像にかたくない。


アメリカが軍事的圧力を増したわけでもなく、主敵のソ連は自ら崩壊してしまった。冷たい戦争は終わった。世界は米ソニ極集中からアメリカの一極集中へと変わった。ベトナム戦争以来、政治的・経済的に主導権を失いかけたアメリカに、もう一つの威信回復の機会が到来した。1990年8月、イラク軍はクウェートに侵攻し、油田を占領した。11月末、国連安保理事会はイラクに対する事実上の武力行使容認の決議を採択した。



日ごろは無人の出張診療所が岩根沢地区(約二〇〇世帯)と小山地区(約四五世帯)にあり、いずれも週一回、医師、看護婦、薬剤師などが車で約一時間の出張診療を行なっている。町立病院はホームドクターの機能も果たしているが、在宅療養を支える往診にも力を入れるとともに、次に説明する「ケアハイツ西川」の医療面での、バックアップと、今年完成した「保健センター」と連携して各種健診事業などを行ない、町民の健康増進を図っている。しかし、さきの「みつぎ病院」のようにすべてが病院主導型の地域医療ではない。全体の計画立案、実施、指導は、すべて町役場でコントロールしている。


この町立病院と廊下でつながっているのが、一九九二年七月にオープンした「ケアハイツ西川」である。これは特別養護老人ホームと老人保健施設をいっしょにしたもので、珍しいスタイルである。この開設に当たって町は社会福祉法人西川保健福祉会をつくっている。特養は入所三○人、ショートステイ八人、老健施設は入所三〇人、それにデイサービスセンターで一日一五人を扱っている。


特養と老健をいっしょにしたことによるメリットはいろいろとある。リハビリルーム、レクリエーションルーム、浴室などの施設、設備の共用、人員の効率的配置などである。しかし、この先例のない合築のため、町は苦労を重ねてきた。開設前は補助金の問題、開設後は職員の人事異動の問題である。


保健・医療・福祉の一元化を進めるに当たって、職員の交流を図ることで、みんなが、どの分野に配置しても仕事ができるようにしようと考えていた。しかし、特養とデイサービスの職員は国家公務員に準じ、共済組合に加入、老健施設の職員は中小企業退職金共済組合に加入している。ここで人事異動をすると退職・再配置という手続きをとらねばならなくなる。これでは退職金が継続しないという不都合が生じる。横山町長がこの点を何回か陳情して一九九二年からは五年以内の異動であれば、退職金がつながるように改善された。