「オン・デマンド」は「需要に基づいて直ちに」というようなニュアンスの言葉だ。時間的な即時性とともに、要求に応じてどんどんメニューの内容が豊富になるという意味もある。この場合は「深み」が強調される。「オン・デマンド」が有名になったのはマルチメディアブームとともにである。マルチメディア時代になって最初に大きなビジネスになると期待されているのが「ビデオ・オン・デマンド」だと言われる。つまり、マルチメディアを象徴するサービスである。


ビデオ・オン・デマンドは、レンタルビデオを手軽に借りられるサービスだ。しかし、これまでのように町角のショップに出向いて借りるのではなく、光ファイバー通信や双方向型CATVの回線などのネットワークを通じて借りる。ショップで借りるこれまでのサービスではビデオを見たいと思ってもすぐには見られない。服を来て、下駄をはいて(米国ではガレージに降りて車のエンジンをかけて)、ショップに行って、面白そうなビデオを探して、レジでお金を払って、家に戻って、デッキに入れて、ようやくビデオの再生が始まる。ビデオを見たいと思ってから見るまでに相当の時間が経過している。オン・デマンドではない。


これに対してビデオ・オン・デマンドでは、ビデオを見たいと思ったら、まずマルチメデア装置(付属装置つきテレビやパソコン)のスイッチを入れ。画面に表示される選択メニューの中からビデオのサービスを選ぶ。数十秒で今度はビデオの題名を選ぶ画面が現れる。見たいビデオの題名が分かっていれば直接指示するし。ジャンルを指定してその中から面白そうなものを選ぶ方法もある。探し当てれば、スイッチを押して、後は寝つ転がろうが、ポテトチップを食べようが見る側の自由だ。この間、数分である。これなら確かにオンーデマンドと言える。


今まで、ショップまで出向くのが面倒だった人も気軽にビデオを見るようになるだろう。この便利さだけで、レンタルビデオの市場は四、五割は拡大するのではないか。米国ではレンタルビデオの市場が九四年でざっと五十億ドルと言われるが、ネットワーク経由のオンーデマンドになればその便利さだけで二〇〇〇年ころには百億ドル近くになるのではないかと指摘されている。レンタルビデオチェーンの最大手、ブロックーバスターなどはCATV会社が中心になっているビデオ・オン・デマンドの実験に積極的に参加して、新しい時代への保険をかけている。


タイムーワーナーを中心にフロリダで始めた実験のうちビデオ・オン・デマンドに相当するサービスは、映画一本当たりニドル九九セントのレンタル料金だった。この料金はレンタルショップで借りる値段と同じで、便利さを勘案するとビデオ・オン・デマンドの普及はかなり急激ではないか。日本は人口が米国の半分であることからすると二〇〇〇年で五千億円のマーケッ卜ということになろうか。わたしのような団塊と呼ばれる世代には、実は、そんなに映画に魅力があるのだろうか、という疑問がひそかにあるが、町中を歩くと本屋さんよりもレンタルビデオショップの方が確かに軒数的には多いのに圧倒される。この現実を見ると、常識は変わりつつあるのかも知れない。

鎮をこえる中・大都市への農民の移住は、学生や軍人の身分を除いて、いまなおきびしい法的制約下におかれている。とはいえ、中・大都市においても食料の自由市場は活発であり、配給食料に依存せずとも都市で生計を営むことは、十分可能である。これが以前とは大きく異なる条件である。それゆえ、多くの農民が出稼ぎ形態で中・大都市をめざすようになっている。


契約期間が一年をこえる出稼ぎ労働者は「合同工」、一年未満のものは「臨時工」として、限界的にではあれ中・大都市への「フォーマル」な移住も認められている。これ以外にも、保母、建築労働者、個人経営者などを含む「インフォーマル」な「流動人口」が現在少なくない。一九八八年秋の「整備・整頓」と称される引締め政策により、この流動人口の多くが職を失い、就業の機会を求めて各地をさまよう「盲流」現象化したことは、広く知られている。


いずれにせよ、厳格な法的制約にもかかわらず、こうした流動人口が相当規模で顕在化したという事実は、農村労働力の「押出力」が現在の中国において根強く存在していることを示している。一九八四年の国務院規定も、そうした押出力に呼応して試みられた政策的対応であろう。中・大都市への人口流入問題に対して、中国政府がいかなる政策をもってこんご対処していくのか、しばらく注視が必要あろう。


こうして、新農業政策は、生存維持的水準を上まわる余剰を国家に吸引されてきた中国農村に、新たにその余剰の相当部分の留保を可能ならしめ、そうして収益性のより高い非農業部門に投下しうる資金的余剰をつくりだした。加えて、少なくとも郷と鎮とのあいだの労働力の移動に対する法的拘束が取りはずされ、人民公社内に潜在していた余剰労働力は、市場にはっきりと顕在化することになった。

現代の日本人の「勇気」を阻み、「しょうがない」と言わせる根源的な要因は、過剰なまでの「同質性」へのこだわりではないかと考えるようになった。「同質性」とは、インドの「多彩性」と対極にある性質である。そしてその傾向は近年、ますます強くなってきたように思える。『タテ社会の人間関係』は、1967年に書かれ、世界じゅうで読まれている社会人類学的日本人論の金字塔である。「タテ社会、ヨコ社会」という言葉が独り歩きしたせいか、この本の副題が「単一社会の理論」であること、著者の中根千枝氏の専門がインドーチペット・日本の社会組織であることは、意外に知られていない。同書の中で中根氏は、日本社会の単一性が、集団の個人に対する社会的規制を強め、個人の自由な思考や行動を規制していると述べている。


また、この単一性が、過度の平等主義や並立競争を生み、「野菜がいいといわれると、農家はわれもわれもと野菜をつくり、翌年はキャベツが畑でくさっている」というような光景を指して「みんな同じことをしないと気がすまない、いや競争に負けてはならない、バスに乗りおくれてはならないからするのだろうが、国全体として何という浪費であろう。分業の精神というのはいったい日本人にあるのだろうか」と書いている。最近見たあるテレビドラマで、幼稚園児が赤ずきんちゃんの劇を演じるにあたって、女の子の母親が全員「私の娘を赤ずきんちやんにしてくれ」と言ったために、舞台の上に20人の赤ずきんちゃんがズラリと並ぶ異様な光景を映し出していた。これはもちろんドラマなので誇張して描かれているが、私の息子も同じような体験をした。


息子はお話が好きで、小学校1年生か2年生の時に演劇クラブに入ったのだが。10人に同じ役が与えられたので物語が展開せず、お話好きの息子にはまったく面白くなかった。自分はいてもいなくてもどうでもいいじやないかと、息子は1学期で演劇クラブをやめてしまい、それ以降、部活動には興味が持てなくなってしまった。演劇を学ぶ目的は、劇をやることによってチームワークの中でさまざまな役割があることを理解し、小さい役であっても大きい役であってもその役割に自分が染まって、どうすれば演じられるかを創意工夫することだろう。それが、全員同じ役割を演じたいとなると、それはもう演劇にはならない。また、息子が幼稚園に入った時、運動会のかけっこでI等になった子も、ビリの子も、同じ賞品をもらったのでびっくりしたことがある。うちの子は1等ではなかったのだが、1等になった子がかわいそうだと思った。


インドの場合は、1等の子は1等のメダルをもらえる。5歳でもらった子は、次ももらいたいと思って来年もがんばる。でも、どうせがんばっても同じのしかもらえないのだったらと思うと、かけっこがどうでもいいことになるのではないだろうか。自分らしくとか、個性が大切と口では言っても、現実に劇で同じ役を演じさせられたり、かけっこでI等になってもほめられなかったりしたら、子どもの個性は伸びないだろう。また、現在では、「CO削減のためにクールビズを導入しています」と受付にポスターを掲げる企業も多いが、それまではもし、暑いからと半袖・ノーネクタイで出社する社員がいたら「失礼だ」と叱られたことだろう。そこには、ビジネスマンたるもの、暑くてもネクタイをして背広を着るべきであるという同質性が働いているからだ。それでもなおノーネクタイを通そうとするなら、それは許しがたい生き方であると、生き方の問題にされて、社会から追放されてしまったことだろう。


それを変えるためには、わざわざポスターを作らせて、「だらしない格好で結構です」と、別な社会のルールを決めなければならなかったのだ。ピンクのガラスが生きられない国。日本の社会は、かつてないほど、みんな同じでありたい、同じが美しいという方向に進んでいるように見える。もちろん、人間はどんな社会においてもソーシャルーアニマルであり、社会での居場所が欲しい。だが、その社会が黒いガラスだけで構成されていた場合、自分も仲間に入りたければ、羽を黒く塗らなければ仲間に入れない。インドの場合は、みんなと同じでなくても社会から認知される。というより「同じ」であるべきスタンダードがないのだ。その場に身を置けば、黒であっても、白であっても、どんな大きさであっても存在が認められる。色もサイズも形もバラバラの集団にピンクのガラスが紛れ込んだとしても、ピンク色だからといって浮いたり、省かれたりすることはない。だから、自分の好きな色でいられる。だが、日本では、ピンクのガラスでいることはとても生きづらい。