物語は、兄を殺された犯人も理由も分からず時が経ち、家の当主となったその弟林弥と兄弟子であった透馬がその謎を一緒に探索し解いていく。藩内での争いに巻き込まれ殺害されたことを知ると2人は更に追求し始める。政権争いで同じような暗殺が過去にも2回もあり疑問を深め、意外な刺殺者の存在を知ることになる。現代風の教訓から言うと「何事にも探究心を忘れず、自分自身が納得し、正しい行動をすること」へとつながる。現代は「分かったつもり」での発言・発信が思わぬ難にぶち当たることもあり、知ったかぶりでの行動は慎重を極めた方がいい時代でもある、と思う。
阪神大震災などの救護活動で活躍、39歳でガンで逝った精神科医の人生論と死別し遺された家族の悲しみと苦闘を物語る。精神科医として人に、患者に「心の傷を癒やす」(傾聴)職務を携わっていた本人がガン患者となり、患者の思い、家族への思い、同僚への思い、仕事への思いなどを綴った本書である。「傾聴」とは精神的に心に傷を負った人々の立場にに立ち、その悩みを聴き、心の傷を癒やすことである。現代、災害、事件、事故、虐待、いじめ、戦争、テロ、差別化などから派生する精神的疾患を診る「心のケア」医師が必要とされている。惜しくも最期が妻の出産と重なり夫婦ともに助け合うことが出来ず新生児を見る事なく逝った事、妻とまだ赤ちゃん含め幼い3人の子供を残し逝ったことは本人にとってとても悔やまれる。幼い娘は「なんでパパ、死んじゃったの」の言葉は哀しみを誘う。
遺された言葉:「死が全ての終わりじゃない、死んでしまったら何も残らないという訳ではないと思った方が楽になれる」「安易に慰めたり、気晴らしを強要したりするのではなく孤立を深めないように手の届くところに存在すること」「言葉で言うと、思いやりとか、気遣いとか、気配りとか、そういうものが心のケアに必要なので、いつも声をかけられる場所にいること」「治療は哀しみを消し去ることではなく、そのような哀しみを抱えてなお、その人が肯定的な人生を生きていけるように援助することである」「亡くなった人に僕たちができることは、泣くことくらいです」
ひょっとした出会い、甘い「たい焼き」との出会いから一人の女性と知り合う。だが交通事故で記憶が失くなる症状を抱える。だが交際が続け、そこに見えてくるのが2人の関係に「思いやり」が浮かぶ。人には短所長所があり、全てが良いことばかりではない。だから、それを知ってこそ人を思い、歩よれ、良い仲なっていくのだ。気になる言葉:「やらずに後悔するよりもやって後悔した方がいい」、大学への進学に対して「余計なことを詰め込んでも仕方ない。意味がないっていうより弊害の方が多い」(目的なく進学する学生)


