ぶっ壊し部長 髄膜腫(脳腫瘍)と判明しました。むっちゃんが幸せでいられますように^ ^

ぶっ壊し部長 髄膜腫(脳腫瘍)と判明しました。むっちゃんが幸せでいられますように^ ^

2016年11月7日初めての発作。MRIで髄膜腫とわかりました。むっちゃんがんばれ╰(*´︶`*)╯♡

亡くなる前の日。
生きてる最後の写真です。





この日が最後になるとわかっていたら
もっともっと写真を撮っていたのに。



いつか来るであろうムックの老後を
ちゃんと看取れるように、
仕事も、自由に休める仕事に変えて
いつでも休んだり、
辞めたりできるようにしてたのにな。。






もう16歳5カ月で、老犬だったのに、
勝手に若いと思ってて。
あと2、3年生きると思ってた。



むっちゃんが年老いたら
少しずつ痩せていって、ガリガリになって
動けなくなって車椅子になって。


寝たきりになっても、
ちゃんと休める体制にしてた。




そうやってゆっくり看取るって思ってた。





いつか歩けなくなるかもしれないから
慌てなくてもいいように
車椅子の試着までして、
老後の準備は万端だったのに。






この日が最後になるなんて
お母さん思ってもいなかったんだよ。




この日も朝から点滴をしに病院へ。



昨日の夜も、痛がって騒ぐこともなく
ただただ寝てました。


車の中でグッタリしてるむっちゃん。


痛み止めの点滴をしに
今日も朝から晩までむっちゃんを
病院へ。





鼻垂れ小僧の可愛いむっちゃん。





朝の9時半から、点滴。
入院をさせないつもりだったので
病院が終わるまで。





12月26日。18時49分
痛み止めの点滴が終わって
先生と話すと、
今日帰ってからご飯を食べるようなら
食べさせてもいいと言われました。



先生の持っていたカルテをなんとなく見ると


「飼い主さんが、手作りご飯のサンマや
アマニ油が原因ではないかと気にされてるので
それが原因ではないと伝えてあります。」


と書いてありました。




むっちゃん。



お母さんね、むっちゃんが少しでも元気で
長生き出来るように

サンマを圧力鍋で煮てね、

認知症防止でアマニ油も飲ませててね。


それが、逆効果だったのかも知れないね。




むっちゃんが苦しむ原因になったのかも
知れないね。


ごめんね。




むっちゃんは、

何を考えてたのかな。


痛くて仕方なかったの?



今日がお別れの日になるって
わかっていたのかな?



生きてる最後の最後の写真。

18時49分。


ちょうど12時間後。むっちゃんは
亡くなりました。



この日が最後になるとわかっていたら
2年前から仕事なんて行かなかったのに。


もっとずっと一緒にいたのに。



生きてる最後になるなんて思わず
これから一枚も写真を撮ってません。




この日は、むっちゃんは
ずっとわたしと寝ている布団で
寝てました。



何より何より大切なむっちゃん。


むっちゃんがいなくなって
5月27日で5カ月ですね。
寂しい5カ月でしたよ。


天国で、楽しく暮らしているのかな。虹しっぽフリフリ虹



2年前の今日のむっちゃん照れ
脳腫瘍の治療を頑張って行ってたね。

放射線治療を20回もして
本当によく頑張りました100点合格


頑張り屋さんのむっちゃんは
お母さんの誇りですニコニコアップ


アメリカ人の女性が、10歳の息子を亡くし、
その悲しみの思いを綴った詩です。
ところが、この詩が9.11同時多発テロの追悼集会で朗読され、
とても大きな反響を呼び、瞬く間に世界中に拡散されました。
 
この詩の素晴らしさは日本にも伝わり、
感動した佐川睦さんが著者の許可を得て和訳し、
ご自分のサイトで掲載すると、日本でもたちまち話題になり
書籍化されました。
 
「最後だとわかっていたなら」より
詩の部分を特別に公開しています。

「最後だとわかっていたなら」
作・ノーマ コーネット マレック
訳・佐川 睦

あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように
祈っただろう

あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて
抱きしめただろう

あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう

あなたは言わなくても
分かってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたら
一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と
わたしは 伝えただろう

たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい

そして わたしたちは 忘れないようにしたい

若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを

明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから

微笑みや 抱擁や キスをするための
ほんのちょっとの時間を
どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと

だから 今日
あなたの大切な人たちを
しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも
いつまでも 大切な存在だということを
そっと伝えよう

「ごめんね」や「許してね」や
「ありがとう」や「気にしないで」を
伝える時を持とう そうすれば
もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから
むっちゃんの亡くなることをずーっと書けなくて
なんでだろうってずっとわからなかったけど
たぶん向き合うのが辛かったからだと
気がつきました。


書くと、色んなことを思い出してしまうからです。



でも私はもともと忘れっぽいので
覚えているうちに、
たくさん書き留めておきたいと思います。


もう、結構記憶が曖昧になってきている部分が
ありそうなので少し焦ってますガーン





亡くなる日の2日前。

クリスマスイブの夜中吐いたので
クリスマスに病院へ。



いつも通り、眠そうに見えてたその日。



むっちゃんがカメラを見る
最後になるなんて思いもせず。


夜中に吐いて、
朝も昼もご飯も食べれなかったのに




大したことないと
思っていたお母さん。





むっちゃん、辛かったね。
痛かったね。


なのに、大人しく眠そうにしてたから
全然分からなかったよ。






最近元気だったから、
病院にきてお薬もらったら
2、3日で元気になると思ってた。





お腹痛かったね。





内臓のエコーをして、
全体に炎症が起きていたのと


急性膵炎の検査をしたら

急性膵炎でした。
初めて聞く病名。



「原因はなんですか?」と聞くと


「脂質の多い食べ物だったり
原因不明だったりします。」と。


私はむっちゃんにサンマを
圧力鍋で煮たものと
アマニ油を飲ませていたので

「私の作った手作りご飯が原因かもしれません」


と言いました。


先生は、
「それだけが原因ではないので
あまり気にしないでください。」と
おっしゃってくださいましたが。。。





どんな病気かもわからないのに
あまり聞かず、薬を点滴して
すぐに治ると思っていました。




「入院して、痛み止めの点滴を打って
行って下さい」と言われ


「入院してる間に何かあったら
先生はいるんですか?」


と聞くと


「夜は誰もいません」と言われました。


高齢だし、もし入院中に
1人で亡くなったら
すごく後悔すると思ったので




「じゃ、連れて帰ってまた朝に点滴にきます」


と言うと、点滴の代わりに長い間痛み止めとしてもつ
皮下注射をコブのように多く打ちました。







急性膵炎。



こんな病気になったこともなく
今までもサンマを食べさせたり
アマニ油を飲ませてても大丈夫だった。



昨日、むっちゃんの尿道炎のとき
すごく奥まで消毒液を入れたことが
ずっと引っかかっていました。


たまたまなのかもしれないけど
おちんちんの横から注射のようなもので
睾丸の方まで赤い液体を入れて
ジャバジャバ洗っていて、、


痛そう。。って思っちゃいました。



たまたまなのかもしれないけど
その日から吐いて、ご飯を食べられなくなって。。


むっちゃんにとって、
キツイ薬だったんじゃないかな。。と。






帰ってから、急性膵炎をネットで見ると、

人間だと七転八倒する程の痛み。

と書いてありました。


でも、原因が定かではないって。


すんごく痛いのに、
静かに寝てるように見えたむっちゃん。



私は軽く考えていました。


以前、むっちゃんが脳腫瘍のお薬が原因で
肝臓の数値がとても高くなり
ご飯を全く食べられなくなったとき
2、3日の入院でとても元気になりました。


ご飯を食べなくなったことなんて
なかったむっちゃんが、
全く食べられなくなって
その時はすごく心配していたのに。


そのときに入院して、
みるみる元気になったことが
今回の油断に繋がりました。




何回か、通院して点滴を打てば
元気になるって。

いつも、元気そうだったし、
痛がる様子もなかったし
最近まで食欲もずっとあって

安心しきってました。


むっちゃんは、私に心配かけないように
我慢していたのかもしれません。


夜、20時38分。

お布団の中でずっと寝てたむっちゃん。



何回謝っても謝りたりないね。


ねぇ、むっちゃん。


尿道炎の治療なんてしなかったら
まだまだ長生きしてた?


お母さんが、サンマを圧力鍋で
煮たのを食べさせてなかったら
まだまだ一緒にいられた?


何が原因だったの?


お母さんが、些細な変化に気がつかないで
ちゃんと見てなかったのが原因だよね。。



戻れるものなら、戻って
自分に喝を入れたいよ。




どこかで、いつまでも
ずっと一緒に居られると思っていたのにな。






2年前の今日のブログ。
むっちゃんが元気で可愛い。。ドキドキ


こんなにブログを書かなかったのは初めてです。

書けなかったっていうのが本当の気持ちかな。

ブログを書くとあの辛い場面がよぎってきるので
無意識に、避けていました。






今日でむっちゃんが亡くなって100日。
百箇日なのに、つい昨日まで

「49日だから、お寺に行かなきゃ。。」と思っていました。


昨日、トイレに入りながら
「49日かぁ。。ってことは、むっちゃんが亡くなって
1ヶ月と。何日ってことだっけ?

あれ?違う!49日じゃないや。。。もう3ヶ月経ってる。。。。あ〜私もボケてるなぁ。。時間止まってるんだな。。しょぼん

と思っていました。


むっちゃんが急に亡くなって、
あれから3ヶ月ちょっと。



涙を流すことは、本当に少なくなったし
笑えるし、お腹も空くし、仕事にも行けます虹



でも、四十九日だと思ってたってことは
時間が止まっているんですね。
100日も経ったなんて、思えないくらい
あっという間でした。


むっちゃんのいない生活は寂しい。



実は、四十九日に、むっちゃんの物を片付けようと
思っていたのに、できないまま、そのまんまです。
亡くなった日のまんま。




むっちゃんの鼻のあとがついたキッチン。


むっちゃんの鼻のあと、拭けずにいますしっぽフリフリ


むっちゃんの骨壷も、毎日頭の上に置いて寝てたのも
四十九日が終わってからは、ちゃんと仏壇に。。花束

骨壷を抱かなくても寝れるようになりました。



むっちゃんと一緒に寝ていたシーツは100日以上そのまま…ヒミツ


むっちゃんの漏らしちゃったオシッコやよだれが付きっぱなしで、洗えません。いつ洗うのかな。。笑い泣き
洗える日はくるのかな?


少しずつ暖かくなってきて、春を感じれるようになってきた方が、むっちゃんを思い出して寂しいです。

暖かくなった季節を一緒に迎えたかったね。

むっちゃんが急に亡くなり、どん底にいた時に
逆に沢山癒された事もありました。




亡くなる寸前に、札幌夜間救急病院に着き
朝の7時に完全に心臓が止まり
ムックを知ってる人に亡くなった事を
ラインなどで伝えると


突然夜間救急病院に
お母さんが駆けつけてくれました。





少し遅れてお父さんが仕事前に
病院に駆けつけてくれました。


放心状態の私に2人とも言葉もなく
ただ側に居てくれました。



少しして第一声が、
「愛、すごい格好してるね。。」と。




夜中にむっちゃんの容態が変わったので
上下薄手のパジャマ。髪はボサボサ。


その上にダウンコートを羽織っただけだったので
その時は放心状態で何にも気がついてなかったけど



動物病院にボサボサ頭で
裸足…。あし
泣きながらパジャマだけでいる人に
見えたんですね。。笑


駆けつけてくれた事がすごく心強かったです。



そして、むっちゃんが亡くなって
動物病院にいる時に
友達から電話がありました。









私がすごく可愛がっていたのを知っていたので
私が泣いていると、友達も声を震わせて
一緒に泣いてくれました。
「ムックは幸せだったね」って言ってくれました。







朝の8時に自宅へむっちゃんと帰ってきました。



お家に帰り、1人になると
しばらくして友達が駆けつけてくれました。
むっちゃんを見て泣いてくれました。










また、少しして
友達が駆けつけてくれました。


むっちゃんを見て、
ウワァ。。と声をあげて
泣いてくれました。


くみちゃんもムックと同じ
16歳のワンちゃんの女の子のゆずちゃんがいます。


「お正月用にムックに袴買ったんだ〜しっぽフリフリ
と私が言うと、


「私もゆずに着物買う〜ニコニコお正月に
ゆず連れてくるから袴と着物で
写真撮ろう」

と言ってくれてたのに
お正月を迎えれないまま
ムックが亡くなってしまいました。


 





病院からの供花はムックが
亡くなった事を受け入れてなかったから
ショックだったのか。。


ムックが亡くなった事に対して
病院でのことで
少し引っかかってる事があるからなのか。。



でも、むっちゃんを想ってくれる家族や
友達からの供花は
こんなに癒されるんですね。








可愛らしくアレンジメントしてくれて
すごく嬉しかったです。。ブーケ1




亡くなったむっちゃんの周りに
お花が賑やかにあるだけで
むっちゃんが寂しくないような気がします。








むっちゃんが亡くなった次の日。



横浜にいる友達のご両親が
駆けつけてくれました。





「むっちゃんリンゴとボーロ好きだったから」
と、その事を覚えていてくれて
持って来てくださいました。



むっちゃんが亡くなり
駆けつけてくれた人がいたり
側に居てくれる人がいたり





むっちゃんが亡くなって、
私を心配してくれる人がいたり。。







こうなって初めて
色んな事に気づきました。






ブログでも、
むっちゃんがお漏らしをするようになって
犬用のオムツが脱げて困ってると書いたら

人間用のアテントの男性の尿取りパットが
良いよと教えて下さった兎さん。

兎さんのおかげで
むっちゃんのオムツ問題は解決しました。



一度もお会いしたことがないのに
わざわざ本州から北海道まで
お花を送ってくださいました。




生花を送って下さる予定が
北海道までは生花が送れなかったようで
こんな可愛らしいフラワーソープを
送ってくださいました。


落ち込んでる私に、
沢山、沢山、メッセージをくださいました。
兎さんの言葉一つ一つが励みになりました。







辛かったからこそ、
色んな優しさに気がつきました。



火葬の時も、私を含めて
10人の人がむっちゃんの見送りに来てくれました。

きっと、1人で火葬に行ってたら
もう1日…と、ムックを連れて帰って
火葬出来なかったかも知れません。








辛いときに、みんなから
かけられる言葉一つ一つも
心に残りました。


「悲しくて当たり前だよ。こんなに大切にしてた
むっちゃんが亡くなったんだから」


「16年も一緒にいて、小さいままの子供が
亡くなったんだよ。たくさん泣いて当たり前だよ」



「同じく見送ったことがあるのでわかります」


「むっちゃんは病気になっても
ママと居たかったから頑張った」



「辛いね…。ご飯食べられてるかい?」



そんな言葉に癒されました。





朝病院に連れて行けば
元気になると思ってたむっちゃんが
突然自分の腕の中で亡くなってしまって
辛かったけど



あの時に泣いて泣いて、悲しんだので
少しずつ立ち直れたんだと思います。





むっちゃんニコニコ


時々泣いちゃうけど
お母さんは元気だよ虹しっぽフリフリ



いつ帰って来てもいいから
だから、安心して天国にいてね虹ニコニコ虹




1年前のむっちゃんしっぽフリフリコスモス
やっぱり若いですニコニコ