夜店などで売ってる
ゴム製の“ヘビ”や“ネズミ”や“ゴキブリ”や“クモ”。
人が嫌う“生き物”の代表選手です。
その中でも“クモ”はカワイイほうで、
“ヘビ”のようにクネクネと近づいてきて突然噛んだりも、
“ネズミ”のように不潔に走り回って病気を広めたりも、
“ゴキブリ”のように予測不能な動き方もしないのに・・・。
でも“クモ”の存在だけに
【普通の人には理解できないほどの強い恐怖心】を
覚える人が世界には案外たくさんいるようで、
わざわざ〈アラクノフォビア(クモ恐怖症)〉という
特別な名前がついています。
それにしても「六本木ヒルズ・森タワー」のふもとで、
巨大なこの“クモ”に注目していたのは私くらいで・・・。
みんな気にならないのかな~、
こんなに気味が悪い彫刻なのに・・・。
※真下から見ると、大理石でできたタマゴをたくさんお腹に抱えています・・・(iДi) 慣れって恐ろし~!
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モノの形を簡略化して描いたのが【象形文字】。
それは「他人に物事を伝えたい!」の思いから
生まれた“最古のデザイン”!
両手をいっぱいに広げた人の
落書きみたいなこの形は、
確か【象形文字】の『大』。
両手の先には“ブランコ”が
ぶら下がっていました。
これは「子供たちに大いに楽しんで欲しい!」の思いから
生まれた“最新のデザイン”?!
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1/8ブログ-「縮む“赤プリ”」の続報です!
4ヶ月間で高さは
四分の一くらいまできました。
解体業が汗をかいた“偉業”が、
もうすぐ達成されようとしています。
※平屋になった「赤プリ」が近いうちに見られるかも!(゜д゜)
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使い物にならなくなる事を「お釈迦になる」と言いますが、
お釈迦様を“不良品”の代名詞にするとは何とも罰当たりな・・・。
これは元々
鋳物(いもの)師から広まったのだとか。
失敗作を眺めながら「火が強かったナ~」とつぶやいた言葉が
【ひ】と【し】を区別できない江戸っ子のため「四月八日」に聞こえ、
4月8日のお釈迦様の誕生日【花まつり】を連想。
そんな遠回しで出来過ぎな流れで「お釈迦」=「不良品」になったようです。
右手で天・左手で地を指す「唯我独尊ポーズ」の
小さなお釈迦様(鋳物)に“甘茶”をかける【花まつり】のお詣り。
初めて一杯だけいただいたのですが、
メントールのように少しスウスウする
“甘茶”(甘さは砂糖の200倍だとか)の味はちょっと苦手かも・・・。
※「ダメになる」→「亡くなる」→「南無阿弥陀仏」→「お陀仏」→「お釈迦」という別の説も。面白くは無いけれど、こちらの方が納得できるような・・・(^ε^;)♪
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今の「学習院」は「目白」にありますが、
明治10年(1877)の開校当時は「神田錦町」でした。
皇族・華族子女が通うのに相応しい正門として
“唐草模様”をあしらった重厚なこの鉄の門を設置。
校舎が明治19年(1886)に焼失した後
この門は各所を点々とした後
昭和5年(1930)に「目白」の本院校内に戻り、
昭和25年(1950年)には「明治通り」沿いのこの地に移されて
現在では「学習院女子大学」「学習院女子高等科」「学習院女子中等科」の
正門として使用されています。
※この春、佳子さまが「学習院女子高等科」を卒業されたとニュースになっていましたネ(^-^)/
“鋳造”で作られた「鉄門」としては日本で最も古いモノだそうで
国の重要文化財に指定されているとか。
それにしても何とも目立つこの「赤」色。
初めて見た時はペンキの「本塗り」前の「下地処理」だと思ったのですが、
その後何度見てもこの【さび止め塗料】の色のままで・・・。
でも女子中・高・大学の正門の色としては“カワイイ”のかも。
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色といいイビツな頭の形といい、
妙にリアルな“タコ型滑り台”。
「恵比寿」駅近く「渋谷川」沿いにある
【恵比寿東公園】の愛称はもちろん【タコ公園】です。
しかしこのタコは二代目で、
もっと巨大でたくさんの足(滑降部)がある
“大タコ型滑り台”がここにはあったのですが・・・。
※実は昔目にしたその“大タコ”を目当てにここに来たのですが・・・(゜д゜)
公園を整備した時、
安全基準の見直しや予算の関係などで
残念ながら二回りほど小さなこの遊具になってしまったみたい。
近所の通りが「恵比寿タコ公園商店街」と名乗っていたため
公園から【タコ】を無くすこともできず・・・。
偉大な初代を持った二代目は
しばらくは何かと比べられて大変そう。
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