臼をうずたかく積み上げたくてうずうずしていたのは薄々感じてはいましたが・・・ | 所  謂、  東  京  散  歩。

所  謂、  東  京  散  歩。



世 間 に 遍 く 知 れ 渡 っ た 名 所 や、

少 し 胡 散 臭 い 好 事 家 向 き の 数 多 の 珍 ス ポ ッ ト。

倦 む こ と の な い 東 京 散 歩 の 備 忘 録 で す。

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 東京の“麺”と言えば
 今は誰に聞いても「ラーメン」でしょうが、
 江戸時代この地は“そば”の一大消費地でした。
 新宿区と中野区の境を流れる「神田川」には
 そば粉を挽くために多くの水車が置かれ
 “中野そば”とまで呼ばれたようです。
 
「神田川」のすぐそば、
 中野区の「宝仙寺」にある『石臼塚』。
 今は使われなくなった“中野そば”を挽いた
 “石臼の供養塔”! と思いきや、
 この石臼たちは全て
 遙か遠く長野県信更町(しんこうまち、現在は長野市)のモノ。
 
 美しい造形美で組み上げられた『石臼塚』は、
 無用になり冷たくポイ捨てされた道具に対する
 住職の暖かい愛情を感じますが、
 どこか釈然としない気持ちも・・・・・。
 
 もっとソバに無かったの~?
 ※隣に立つ中野区商店街連合会が作った「石臼塚」の説明看板には、「神田川」の石臼だと誤認してしまう(させる?)解説がされています(^_^;)v


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