DO DREAM 特別講義「夢はあなたを見捨てない」東方神起 Yunho
日本語訳 출처 : マイン님
東方神起のユノはパフォーマンス!ダンスがとても魅力的な子だと思われていますが、ここで意外で驚くような話をしたいと思います。僕は幼い時、ホナム芸術祭で聖楽(キリスト教の音楽)独唱部門で賞をもらったことがあります。この話はメンバーにも言ってないんです(笑)今が重要だから(笑)幼い時音楽的には、母が歌がとても上手なのでその血を受け継いだと思うのですが。中学生のとき友達がかっこよくダンスを踊ってたんです。それをぱっと見て「あ、何あれ?」そのすばらしいパフォーマンスにはまってダンスを始めて、マイケルジャクソンに憧れていたのでマイケルジャクソンのダンスも踊ったりしていました。そんなときある文字が目に入ったのです。“SM青少年選抜大会”「あれ何?」僕は正直に言うとその時SM青少年選抜大会より賞金に興味をもちました(笑)優勝賞金が200万ウォン(当時のレートで20万円ぐらい)でした。「お母さん僕お金を稼いできます」(笑)と言って受けてみたら受かったんですよ。それでSMに入って、SMの看板を見上げて「お!僕はもう歌手になるのだな」って思ったんですよ。ドキドキする気持ちでSMのドアをぱっと開けた瞬間、あら、僕と同じ練習生が100人いるんですよ。「これはどうゆうこと?」って思いました。なぜなら僕は練習生になって契約したらすぐデビューすると思っていたので。でも僕より先に同じ夢をもった子達が100人いたのです。東方神起のメンバーになるのもとても複雑でした。グループが結成されそうになるとダメになり、またダメになり。僕より実力のある練習生が後からたくさん入ってくるし。その中の一人がそこにいるチャンミン君なんですけど(笑)(チャンミン「そのとおり」って言いながらうなずく^^)「あ~心配だ。どうしよう」と思っていたらようやく東方神起としてファンの方々の前に立つようになりました。
2004年HUGでデビュー。ソテジワアイドル以後初めてソウル歌謡大賞新人賞と本賞受賞
もちろん反応は爆発的でした。こんなこと言うと偉そうに聞こえるでしょうが(笑)僕は真実しか話しません(笑)反応が本当に爆発的でした。実際その裏でたくさん努力してきました。僕の記憶に残っていることは日本で活動を始めて、のどにホルモンがたまる病気にかかったのです。コブが喉にできるんです。甲状腺に何かができるのです。その当時の選択肢は、ひとつはそのままの状態でいくのか、喉を麻痺させて1時間か1時間半ぐらい瞬間的に歌うようにする。でもそのあとは症状が進むでしょう。その時所属事務所は止めました。「ユノ、そこまでしたらダメだ」でも僕がいや、必ずしなくてはいけないと選択し喉を麻痺させてステージに立った次の日から入院することになったのです。その時もたった一つの考えしかなかったように思います。僕が死んでも観客の方に自分のエネルギーを伝えて最後まで行きたいと。なぜなら幼い時から今まで僕はステージに立つことのみ夢に見てきたのに、僕がここで諦めたり怠けるようになれば僕の夢自体が壊れていくじゃないですか。それでずっとずっと僕だけじゃなくメンバー全員が一緒にがんばって走ってきて東方神起がやっと翼を広げます。そんな順風満帆の時人生最大のスランプに陥いります。
3人のメンバーが去り解散の危機をむかえる東方神起
その当時空白期間だったとき、僕はいつもそうでした。ステージを見るとなんだか落ち込むからテレビを見なくなったし、他の同僚の歌手たちが誘ってくれても行くのが嫌になったり。最初はやっぱり男だからお酒もたくさん飲んだり、友達に相談したりしても深い話をすることはできませんでした。解決にならないんですね。お酒を飲むとその瞬間は忘れられます。大丈夫~!よ~っし!って言いながら。次の日空虚感がもっと大きくなって・・・それで僕が地下鉄の路線図通り歩くようになったんです。最初江南(カンナム)区役所から始めてそのまま路線通り歩いたんです。ずっと歩いているとサダン方面に行く道に出てきます。もうやめようかなと思ったりもしたし、足も痛くなって、喉も乾いてきて。ずっとそうやって歩いてみて、僕の人生でいまだに忘れられない重要なある瞬間があります。歩いていてたまたまノリャンジンの水産市場にたどり着いたのです。夜明けに。夜明けに市場に行ってみてください。そこで働いている人々をよく見渡して見てください。本当に一生懸命働いてらっしゃいます。その時僕はこんな風に思いました。「自分はいったい今何をしてる?」市場の方たちの働く姿を見ていたら、自分の本来の位置を悟ったのです。僕は何をしているときが幸せか?何をしていると気分がいいのか?って考えてみたら僕はステージの上で歌って踊っている時が一番幸せだったんだと気づかされたのです。その時ミュージカルに出演していた友達がいたんですけど、見に行ってたまたま舞台の上に上がったことがありました。そしたら観客はわぁ~って歓声をあげてくれて、体が壊れるぐらい一生懸命応えました。その時、「わぁ~これが自分の行く道なんだな」と思ったんです。
誰でも辛い時期は一度ぐらいあると思うんです。いい方向へ行く場合もあるでしょうが、悪い方向に行くことも悪くないと思います。なぜなら悪い方に行くと自分の体が確実に記憶しているのです。だから人生の選択で悪い方に行ってしまって、「あ~どうしてそんなことしたんだ」って後悔しないで待っていてください。そうすると体が記憶しているからそれに見合ういい機会が訪れた時チャンスを逃さないのです。夢を追う方法はたくさんあるから、その方法で自分の中に限界を作らないでほしいです。僕はこれからも夢を追って生きていきます。これからも人々が僕を見て馬鹿だなって言うかもしれませんが、ずっと夢を追う少年でいたいと思います。以上チョンユノでした。ありがとうございます。