先週、親族が亡くなりました。
大変悲しい気持ちでした。
その人は私のおじさんの奥さんでした。
その夫婦には幼い頃から可愛がってもらいました。
週末お泊りに行って、帰宅途中に本屋さんやおもちゃ屋さんに寄ってもらうことが嬉しくて。
一人でテレビを独占できることも嬉しくて。
エアコンの効いた部屋で三人で寝たり、おねしょしても怒られなかったり。
当時の好物のシシャモを焼いてもらい、朝ごはんはトースターで焼いたバターロールが美味しかった。
朝は三人で近くの山に登りに行ったり、花火を見たり、夏祭りに行ったり。
ゴルフの打ちっぱなしに付き合うのはちょっと嫌だったりして。
自分に都合がいいことばかりな、幼少期の私ですね。←今も対して変わらない
思春期になると、おじさんとは距離をあけたい自分がいて。
おばさんとは普通に話をしたり、就職の助言をしてもらったり。
就職してから、結構露出の高い服を着るよになり、チャラチャラしていた時もありました、私。
そんな時は、父や母にはバレないようにしていましたが、母にはバレてたかな。
おじさんが亡くなった日。
その日も主人とデートしていました。
車屋さんで車を見ている時でした。今でも覚えています。
その時も結構短いスカートを履いていました。父からか、母からか、姉からか、電話の着信がありましたが、気付かず。
当時同じ会社に勤めていた先輩から着信があり、「なんだろう?」と思い折り返したら「おじさんが救急車で運ばれたぞ」と。
もう、なんのこっちゃわかりませんでした。
姉に電話したのかな。「おじさんが倒れたみたい。ちょっとまずい状態みたい。」
それで、急いで主人に病院まで送ってもらいました。
父や母、親族が集まっていました。
結婚式に参列していたおばさんは、遅れてきました。ものすごく狼狽えていたように記憶しています。
母から「心拍が停止している。最後に顔を見てあげる?」と聞かれた時、「いい・・」と答えました。
怖かったんです。当時の私には怖くて仕方なかったんです。
おじさんが亡くなり、親族で泣きました。おばさんは相当に辛かったと思います。相当に。
おじさんの死後1年くらいは、おじさんの話をすると泣いてしまっていたと思います。
夫婦であり、仕事のパートナーであり、二人で会社を大きくしてきた戦友であり。
歳をとってからの二人が仲が良かったのか、愛し合っていたのか、はたまた、家族としての絆があったのか、そうでなかったのか。
それは私には分かりません。
だけど、おばさんの涙を見るたびに、一人で突然亡くなってしまったおじさんに対してのなんらかの思いを感じました。
それは、「なんで、悔しい」という思いのように思えました。
おじさんが亡くなってから、私と主人は結婚しました。
おばさんは、私たちの結婚式におじさんの写真を持ってきました。
おばさんは、夫婦で可愛がってくれていた私の結婚式におじさんと参列したかったんです。
親族が集まって、お酒も進んで、たくさんお祝いしてくれました。
ハイテンションで笑顔のおばさんの写真は私たちの結婚式のアルバムに残っています。
それから、さくらが産まれました。
私がさくらを生んだ日は大雨だったそうです。
私は産気づき、天気なんかわからないくらい痛みで家で悶えていました。
主人の帰宅を待って、産科に向かいました。もう、痛くて痛くて仕方なかったです。
到着して、車椅子で分娩台に登ったときは、子宮口が8センチ開いていました。
19時過ぎにさくらを産み、700mlの出血をしていたので、しばらく分娩台で休んでいました。
私は直接会っていませんが、おばさんがさくらに会いにきてくれたそうです。大雨の中、カッパを着て。
本当は時間外の面会はできない病院なのですが、おばさんの熱意(?)に面会させてくれたようです。
おばさんは、私の出産を喜んでくれていて、いてもたってもいられなかったんでしょうね。
さくらが成長すると、「さくらちゃん、さくらちゃん」と遊んでくれたり、かき氷を食べに連れて行ってくれたり。
主人も一緒にいると、主人の名前を呼んでくれて、いろいろな話を長々としていました。
「ま〜た、おばちゃんに捕まってる(笑)」と思っていましたが、主人は嬉しかったようです。
そのおばさんに少しずつ変化が現れ、私は母伝いに様子を聞いていました。
それから、病気は進行し、会う機会はほぼなくなってしまいました。
2年前に1回会ったのが、おばさんとの最後でした。
会う機会がなくなってしまったのではないんです。
会いに行こうと思えばいつでも行けたんです。なぜ、会いに行かなかったんだろう。
同じ思いをしたことが前にもあったのに。
おじさんが亡くなる前日、おじさんのいる場所の前を通ったんです。
でも、寄ったら「最近どうだ?」から始まり、長々となるかな、と思い、通り過ぎたんです。
その翌日、おじさんが亡くなり、「どうして会いに行かなかったんだろう」と後悔しました。
おばさんが亡くなったことを聞いた朝、私は次男を保育園に送って行くところでした。
驚き、悲しかったですが、おじさんの元にいけて良かった・・と思いました。
同時に、後ろで私に一生懸命に話しかけてくる子供がいる。強くあれ、と思いました。
その日、おじさんのお墓に行きました。
必ず、おばさんを迎えにくるように何回も何回も言いました。
一人で突然、人生を終えたおじさんだって、本当はそんなことしたくなかったと思います。
でも、おじさんが亡くなって10数年。
その寂しさ、悔しさを埋めるために、絶対におじさんには迎えに来て欲しかった。
お通夜、お葬式と、親族が集まり、昔話をしたり、近況を話したりしました。
集まる親族との話をおばさんとおじさんは二人で聞いていたかな。
最後の別れは本当に悲しいけど、やっぱり、おじさんに会えることが私は嬉しかった。
人が亡くなって言うには不謹慎ですが、嬉しかった。
やっと会える。
おじさんが迎えに来て、おばさんのことを待っています。
おばさんは、会いに行ったのです。
向こうの世界では、どんな夫婦になるのかな。
仕事ばかりの二人だったから、仕事抜きにして、夫婦を楽しむのかな。
どんな生活を送るのかな。
喧嘩をするのかな、会いたかった、と泣くのかな・・・
おじさんとおばさん。
私の人生の大切な二人でした。
忘れることはない、大切な二人です。
二人には、たくさんのことをしてもらいました。
だけど、してあげられたことは何もありませんでした。
自分で好き勝手できるようになって、恋人ができて、結婚して、家族を持って、幸せになりました。
現在進行形で、私は幸せだと言えます。
何もしてあげられなかったけれど、私の幸せを願ってくれている二人だと思っています。
私がいつまでも幸せだと思っていることが、もしかしたら二人が喜ぶことかもしれません。
おじさんとおばさんの人生の記憶には幸せだけが残っていますように・・・