この小説の帯には「検索から、監視が始まる」とあり、情報監視社会の恐ろしさが描かれている。

検索エンジンで特定ワードの検索をした個人のIPアドレスと個人情報を紐付け、
特定ワードで検索した個人を特定し、その個人に直接アプローチをかける。
現在、Googleのリスティング広告が同様の取組みで広告の露出を行っているが、
そのデータを個人情報と紐付けることで、圧倒的な監視社会が生まれる。
その現代に警鐘を与えているのが本作の帯に書いてあるキャッチコピーである。

ただ、この小説が本当に一番伝えたいことは「もっと小さな目的のために生きよう」ということ。
筆者は宇多田ヒカルの「誰かの願いが叶うころ」」というシングルが好きだが、
その曲を聴いてるときに感じる「虚無感」とこの小説に出てくる「虚無感」がリンクする。
歌詞にある「誰かの願いが叶うころ あの子が泣いているよ」と全く同じ「虚無感」。


<以下、一部抜粋>

世の中は、システムでできあがっている。
社会は、誰それのせいだと名指しできるような、分かりやすい構造にはなっていない。
様々な欲望と損得勘定、人間の関係が絡み合って、動きあっている。
諸悪の根源なんて、分からない。図式のはっきりした勧善懲悪は、作り話でしか成り立たない。

ただ、そう考えていくと、最終的に辿り着くのは虚無。
何をやっても同じってことになる。不安や恐怖があっても、原因は分からない。
自分はシステムの一部だと認識する。そうなれば、虚無的になるしかない。
だから虚無に到達すると、「そういうことになっている」と自分に言い聞かす。
でも、それは、国家が生き延びるためにはそれが正しい在り方である。

「人間は大きな目的のために生きているんじゃない」
「もっと小さな目的のために生きている」

システムのことを考えると虚しくなるだけ。大きな目的を意識すると無力感に悩まされるほかない。
たとえば、"不特定多数の、漠然とした誰かを救え"と言われたら途方に暮れるだろ。
政治家とはそういうものだから、仕方ないが、自分が誰のために生きているのか、
誰と闘うべきなのか、それが曖昧としていればいるほど、前に虚無が広がる。

ただ、その虚無から抜け出す方法は「小さなことのために動くんだ」ということ。

伊坂幸太郎「モダンタイムス」