3月11日、いつものように私は仕事をしていた。

あの時刻、みんながいつものように過ごしていたはず。

いつものように家に帰り、いつものようにお風呂に入り、
いつものように布団で眠る。


誰もが、いつもの夜を迎えれると思っていたはず。


テレビの向こうでは、この世の終わりのような風景が映し出されている中、
やはり私はいつものように過ごしていれる。


この当り前の毎日を、当り前に感じながら。


でも、当り前ではないことを改めて感じながら。



いま、不自由な暮らしをしているみんなが、どうか1日も早く、当り前にいつもの毎日を過ごせるように願ってやまない。