小学校3年、4年この2年間が短い学校生活の中で最も楽しい時期だった。
男の先生だった。中村雅俊のドラマのような先生で、いつも笑わせてくれて、学校行事以外にも、キャンプ等に連れて行ってくれたり1番好きな先生だった。時々星が見えるゲンコツを喰らったが、ムカついたり、嫌になった事は一度も無かった。今だとあれも体罰と言われるのだろうが、「愛」があったんだと思う。親父の事は嫌いだったが、学校は楽しかった。勉強もわりと良くできた。ミスが多くて100点はたまにしか取れなかったが、3年も4年も各1学期ずつ学級委員を務めたり、運動神経も良く毎回リレーの選手で、飛んだり、跳ねたりする競技は学年でいつも1位か2位だった。野球も好きで少年野球のチームに入っていたが、メンタルが弱いのか、本番では緊張してしまい良いとこ無し。万年補欠だった。


1年生から週2回スイミングに通い、絵画教室、エレクトーン、土日は野球で毎日ほぼ埋まっていた。剣道、そろばん、書道等も一時期通ったが、楽しかったのは、野球とエレクトーンだけだった。音楽は好きだった。いとこにエレキギターを貰い、まずコードから教わったが「F」の壁に当たり、「不器用な自分には絶対弾けない」と2日で素早く諦めた。「お前はそそっかしい」「不器用だと」いつも教えてくれた両親のおかげで。


5年になると部活が始まり、ブラスバンドに入り、ホルン、トロンボーンを吹いた、トランペットは6年生と決まっていて、吹きたかったのだが、自宅の学区に新設校が出来、その学校の第一回卒業生になるのだが、楽器が無くて1年で管楽器とはお別れした。
その学校で始めてサッカーと出会う、平日はサッカー週末は野球だった。サッカーの試合が土日で重なる場合は試合に出られるサッカーを優先した。全員初心者のチームで一年間、一勝もできなかったが、試合の終わった後の爽快感と、体力を使い切った達成感はたまらなかった。


中学に入って、吹奏楽かサッカーを選べばどうなったのだろう・・・
誰がいったのか、サッカー部は「不良」が多いと聞いた事、それと仲が良かった友人にバレー部に誘われたため、そちらに入部した。実はサッカー部ではなくて、バレー部のほうだとは知らずに・・・・
中学に入り、あまり叩かれる事は無くなったが、相変わらず聞く耳を持たない押し付け親父ぶりは変わらなかった。
段々、体も大きくなり背丈も親父に近づき、理不尽に叱られる度に、いつも心の中に怒りを覚えていたが、まだ逆らう度胸もなかったし、不良も怖かった。
中学1年の夏。24時間テレビのあの日が来るまでは・・・・