何故?どうして情報が漏れたんだ?
「おう!こら!貴様はヤーコーとつるんどったんか!あ~!」
合宿所へ行くまで何発殴られたか・・
その時の痛みを思い出そうと思っても、恐怖の心境しか思い出せない。
人間のメカニズムなのか・・女性が出産の痛みを忘れるように、その時の痛みを思い出すと自分に不都合が生じるからか、不思議なことに、その時の映像はおぼろげに思い出せても痛みが思い出せない。
合宿所に着くと大広間の真ん中に正座させられ、殴られる、蹴られる、竹刀で殴られる、2時間ぐらいかわるがわるコーチから暴行を受ける。脱走するとどういう目にあうか・・見せしめだ。
特にTというコーチからは、徹底的に痛めつけられた。初日の日にこちらが殴ったのがこのTだ。
訓練生に人権などない。家畜以下のクズのような存在に殴られ、しかも顔が少し腫れた事が余程の屈辱だったのだろう。
この男からは後々まで集中攻撃に会うことになる。
こうして最初の脱走は失敗した。
2.3日して体の痛みが少し楽になった頃、ここを出たいという思いは日に日に増す一方だった。
因みに一緒に逃げたNはまだ帰ってこない。上手く逃げたのだろう。
何とか、ここから出る方法は無いか?
ランニングの時は真横真後ろに二人コーチが張り付き、もう絶対に逃げられない。
常に頭の中では常に逃げる方法を探していた。
トイレの窓には木格子が付けてある。
間違いなく手作りで縦に3本張ってある格子は綺麗に平行になっておらず、下のほうは狭いが上のほうは少し広い箇所がある。
あの上の方ならぎりぎり体が通るかもしれない。
しかし窓の位置は背丈より上で、足場も何もない状況であの高さ、しかもギリギリの幅に体を通すのはまず無理だろう。
仮に通り抜けたとしても裏はどうなってるかわからない。確か地面は中よりも更に低かったはずで、側溝があったはず。
けがをしない保証は一切ない。
そうだ!誰かに肩車してもらえばやれるかもしれない。
でも、トイレには見張りがいる。ダメか・・
男子トイレは入って左側に3つの小便器、右に二つの大便器があり、入り口は常に開いており、補助コーチと呼ばれる模範訓練生から無償でサポートをしている人間が立っている。
昼食時、砂浜での食事の後、他の訓練生と話がしやすい時間。
神奈川県出身の暴走族、先輩訓練生のOに昨日思いついたことを話てみる。
「おまえ、ここ出たら俺の地元の仲間に連絡してくれるか?」
「もちろんです。でも見張りがいるんで・・」
「信用できる人間を巻き込もう。俺に任せておけ。」
O先輩の他、同じように地元の仲間に知らせて欲しいと電話番号の書いたメモを4枚、他の仲間からも預かり、細く丸めてジャージのズボンの紐の穴に隠した。
O先輩の考えた計画に、合計4人の協力者が出来たが、かなりハイリスクな計画だった。
仮に逃げたとしても、寧ろ残った逃亡を幇助した人のほうが危険に冒されるのではないか。
それでも、皆の願いを受け決行する決意をした。
明日の晩、決行だ。
チャンスは一回、失敗は絶対に許されない。