あと1時間程で運命の4月16日は終わるけど
本当にこの1年で色んな事が変化したし
学ぶ事も多かったし色んな人達の生き方
考え方にも触れた気がするよ。



市大病院の時は、救急病棟に居たから
亡くなってECUから運ばれる人も見たし
家族同士が慰めあってる姿も見たし
私の様に毎日足を運んでいる人もいたし
泣き続けている人達も見たし…


私もあのなんとも言えない状況の中
緊急手術が連続できたり
保険や警察などの事務的な事をこなしたり
親の絡みがあったり…
慣れない土地で色んな事をこなすのは
大変でありましたしょぼん
精神状態も言葉では言い表せない程だったしダウン

けど相棒が凄く理解ある人で
物凄いバックアップのおかげで
皆で前進出来たと思うよひらめき電球アップアップ



病院を転院するのも親のせいで大変だったドクロ
親が存在している状態での私の行動を
病院関係者に理解してもらうのも大変だったしょぼん
より良くする為の手術をするまでの
道のりもスムーズにはいかず大変だったドクロ
後見人を立てる時も書類作成や情報収集、
親の圧力とか…大変だったガーン

けど、どうやら私達は乗り越えて来ているみたい目

私も相棒も相棒の身内も大阪にいる
せいらの大切な人達も皆、思う事
考えている事は一緒だと思うから
きっとツライ事も乗り越えれるんだろうねグッド!
まず、1人では確実に無理でしたからなドクロ

皆さんに感謝でありマス桜





あと…桜の季節は私にとっては
ツライ季節になってしまった事も事実…

前のブログの画像の大型タンクローリーが
加害者が事故当時運転していたものという事も事実…


せいらの事故に関係した全ての
景色や存在した物が記憶から消えないのが
なかなかツライですな…
もちろん、私にとって嫌な部分のね。

色んな物を背負って生きていけという事でしょうかなお月見

あー思った事をそのまま文にしたら
恐ろしい程まとまってない…

まぁ、いっかあせる
独り言だしね得意げあせるあせる



iPhoneからの投稿