高校生のころサッカー部に入ってました。
3年のときマネージャーをやってました。プレーヤー兼雑用です。
ユニフォームは毎年作っていたのですがこの年は「ミツナガ」のシャツになりました。こんなタグでした。

当時は国産の「ヤンガー」とか「ミツナガ」が主流でした。
サッカーパンツはミツナガのロンパン(少し長めのサッカーパンツ)がはやりでした。
当時は土の硬いグランドばかりですからポイントは固定式が主流。
憧れはAdidasでした。1970年代半ばの話です。
Adidasがドイツ以外で作ったスパイクが日本に輸入されるようになったのもころです。
私が買った「ラプラタ」はドイツ製でした。その次に買った交換式ポイントの靴はユーゴスラビア製でした。ラグビーシューズにはフランス製もありました。
だけどドイツ製でないAdidasには最早魅力を感じませんでした。
ラプラタはAdidasの3本線も革製でしっかり靴の側面に縫い付けられていました。
しかし、ユーゴ製は合成皮革の薄っぺらい3本線ですぐに切れる安い作りでがっかりでした。
あの3本線は見かけだけでなく足を包み込む役割があるという宣伝をしていたのに…
高校3年生のころオニツカ(まだアシックスじゃありません)が固定式でカンガルー革のスパイクを売り出しました。当然Adidasより安かったです。
憧れのカンガルー革です。革が柔らかくて軽い高級感のある靴でした。早速オニツカに寝返ったチームメイトが続出したのは当然です。