褒められると嬉しい。

 

でも、

なぜか居心地が悪い。

 

 

そんなことはありませんか。

 

 

私はずっとそうでした。

 

「しっかりしてるね」

と言われる。

 

「気が利くね」

と言われる。

 

「優しいね」

と言われる。

 

本当なら嬉しいはずなのに、

なぜか落ち着かない。

 

 

そんなことないです。

たまたまです。

私なんて全然です。

 

つい、そんな言葉が出てしまう。

 

 

昔の私は、

それも自己肯定感が低いからだと思っていました。

 

自分に自信がないから。

自分を認められないから。

そう思っていたんです。

 

 

でも、

今は少し違う見方をしています。

 

 

私は褒められることが苦手だったんじゃない。

 

目立つことが怖かったのかもしれません。

 

 

褒められるということは、

人から見られるということ。

注目されるということ。

期待されるということ。

 

そして私は昔から、

それが少し怖かった。

 

 

子どもの頃、

目立って良い思い出ばかりだったわけではありません。

 

かわいいね、と

みんなが言ってくれていた時期がありました。

 

テストで点数が良い日が続くと、

頭いいね、と褒めてもらえました。

 

そのあと、こんな悪口をきくんです。

 

可愛いからって、調子乗ってる。

頭がいいからって、調子乗ってる。

 

 

だから私は、

無意識のうちに学んでいたのかもしれません。

 

目立たない方が安全。

前に出ない方が安全。

普通でいた方が安心。

と。

 

 

だから大人になっても、

褒められると少し身構えてしまう。

 

嬉しい気持ちより先に、

落ち着かなさが出てしまう。

 

 

今思うと、

それは自信がないからではなく、

自分を守ろうとしていた反応だったのかもしれません。

 

もしあなたも、

褒められると困ってしまうなら。

 

それは素直じゃないからでも、

自己肯定感が低いからでもないのかもしれません。

 

 

ただ、

目立つことで傷つかないように。

ずっと自分を守ってきただけなのかもしれません。

私は昔から、

気にしすぎる性格なんだと思っていました。

 

誰かの表情が少し曇る。

それだけで気になる。

 

LINEの返信が遅い。

それだけで気になる。

 

夫のため息。

職場の空気。

ママ友の一言。

 

みんなは気にしていないように見えるのに、

私だけずっと引っかかる。

 

 

だから、

私はメンタルが弱いんだと思っていました。

 

もっと気にしない人にならなきゃ。

もっと鈍感にならなきゃ。

もっと強くならなきゃ。

 

そう思っていました。

 

 

でも、

ある時ふと思ったんです。

 

気にしすぎるって、ダメなのかな。

 

 

例えば、

子どもが少し元気がない。

その変化にはすぐ気づく。

 

夫の様子がいつもと違う。

それにも気づく。

 

職場の人が困っている。

それもなんとなく分かる。

 

もし私が本当に鈍い人なら、

そんなことにも気づかないはずです。

 

気づいて声をかけてあげられるって

素敵なことですよね。

 

 

じゃあ、なんで苦しくなるのか。

 

私は、きっと、

気にしすぎる人だったんじゃない。

 

ずっと周りを見ていた人だったんです。

 

 

周りの変化に気づく。

空気を読む。

先回りする。

相手の気持ちを考える。

 

そうやって生きてきた。

 

 

だから、

小さな違和感にも反応するようになった。

 

今思うと、

それは弱さじゃなかったのかもしれません。

自分を守るために身につけた力だったのかもしれません。

 

もちろん、

気づきすぎて疲れることもあります。

考えすぎて眠れない日もあります。

 

 

でも、

それを全部

「気にしすぎる性格だから」

で終わらせなくなりました。

 

もしかしたら私は、

弱かったんじゃない。

 

ただ、

周りを見ながら生きることを覚えただけだったのかもしれない。

 

 

そんなふうに思うようになったんです。

私は長い間、

自分は人見知りなんだと思っていました。

 

初対面の人と話すのが苦手。

大人数の集まりも苦手。

知らない人が多い場所に行くと疲れる。

 

 

だから、

私は人見知りなんだ。

 

そう思っていたんです。

 

でも、最近思うのは、

私が苦手だったのは、

人じゃなかったのかもしれません。

 

「どう思われるか」

だったのかもしれません。

 

変な人だと思われないかな。

嫌われないかな。

空気を壊していないかな。

失礼なことを言っていないかな。

 

 

私は人と話しているようで、

ずっと周りの反応を見ていたんです。

 

 

だから疲れていた。

だから緊張していた。

だから言葉を選び続けていた。

 

本当は、

話すことそのものが苦手だったわけじゃない。

人と関わることが嫌だったわけでもない。

 

ただ、

ずっと警戒していただけ

だったんじゃないかと感じてます。

 

 

昔の私は、

そんな自分を見て

「人見知りだから仕方ない」

と思っていました。

 

でも今は、

少し違う見方をしています。

 

人見知りだったんじゃない。

ずっと周りに気を遣って、

自分を守ろうとしていただけだった。

 

 

不思議なんですよね。

こうやって考えられるようになってから、

前よりも少し、自分が好きなった。

 

そして、その変化のきっかけをくれたのが、

ある日アメブロを見ていたとき、

たまたま登録したメルマガだった。

 

メルマガなんかで、

人生が変わるわけない、そう思ってたのに。

 

 

同じように、苦しい人がいたら。

そう思って、今日もリンクを置いておきます。

 

▶︎あの日、私が登録した7通のメルマガ

 

「また会おうね。」

 

別に嫌な言葉じゃないんです。

 

 

むしろ、

言ってくれることは嬉しい。

 

嫌われているわけじゃないんだな。

そう思えるから。

 

 

でも、

なぜか少しだけ苦しくなる。

 

 

そんなことはありませんか。

 

私はよくありました。

 

 

その日も楽しかった。

話も盛り上がった。

嫌なことがあったわけでもない。

 

それなのに、

帰り道で少しホッとしている自分がいる。

 

 

家に帰って、

一人になって、

ようやく力が抜ける。

 

そして、

「また会おうね」

と言われたことを思い出して、

少しだけ気持ちが重くなる。

 

 

昔の私は、

そんな自分が冷たい人間なんだと思っていました。

 

みんなは人といるのが好きなのに。

みんなはまた会いたいと思うのに。

 

なんで私は違うんだろう。

 

もっと人を好きにならなきゃ。

もっと社交的にならなきゃ。

そう思っていました。

 

 

でも今は、

少し違う見方をしています。

 

私は人が嫌いだったんじゃない。

一人の時間も同じくらい大事だったんです。

 

 

でも当時は、

それを認めることができませんでした。

 

人付き合いを楽しめる人が正しい。

友達が多い人が素敵。

 

そんな空気の中で、

私はずっと

「みんな側の人間にならなきゃ」

と思っていたからです。

 

 

だから、

「また会おうね」が苦しかった。

 

相手が嫌だったんじゃない。

 

一人の時間がなくなる気がしたから。

 

 

もしあなたも、

楽しかったはずなのに、

帰ったあとホッとしてしまうなら。

 

それは薄情だからでも、

人付き合いが苦手だからでもないのかもしれません。

 

 

ただ、

一人の時間を大切にする人だった。

 

それだけなのかもしれません。

 

 

私は今、

そんなふうに考えています。

 

私がそう思えたきっかけも、置いておきます。

 

▶︎気づきをくれた7通のメルマガ

保育園の連絡グループ。

ママ友のグループLINE。

 

私は昔から、

送信ボタンを押したあとが苦手でした。

 

 

メッセージを送った瞬間から、

ソワソワするんです。

 

変なこと言ってないかな。

余計なことだったかな。

誰か嫌な気持ちになってないかな。

 

そんなことばかり考えていました。

 

 

そして、

他の人の発言にはスタンプがたくさん付くのに、

自分の発言だけ反応が少ない気がする。

 

すると、

やっぱり言わなければよかった。

 

 

そう思ってしまうんです。

 

 

疲れちゃいますよね。

でもどうしてもそうなってしまう。

 

今思うと、とにかく不安だった気がします。

 

でも、

誰かがスタンプを押してくれたら安心。

返事が来たら安心。

反応があったら安心。

 

逆に、

反応がないと不安になる。

だからLINEを開いては閉じて、

また開いてしまう。

 

 

本当は誰も何も思っていないと思う。

忙しいだけかも。

たまたま見ていないだけかも。

 

でも、

私の心はそう受け取れなかった。

 

 

なぜなら、

ずっと前から

「嫌われないようにしなきゃ」

を頑張ってきたから。

 

だから私は、

反応の数を見ていたんじゃない。

 

自分が受け入れられているかを確認していたんです。

 

 

もしあなたも、

送ったあと何度もLINEを開いてしまうなら。

 

それは気にしすぎる性格だからではないのかもしれません。

 

 

ただ、

安心したかっただけなのかもしれません。

ママ友とのランチが苦手です。

 

でも、

ママ友が嫌いなわけではありません。

 

話すこともあります。

笑うこともあります。

嫌な人がいるわけでもない。

 

それなのに、

帰るとぐったりしてしまう。

 

 

昔の私は、

そんな自分を責めていました。

 

せっかく誘ってもらったのに。

みんな楽しそうだったのに。

なんで私は疲れるんだろう。

 

もっと社交的にならなきゃ。

もっと楽しめる人にならなきゃ。

そう思っていました。

 

 

でも、

ある時気づいたんです。

 

私が苦しかったのは、

ランチそのものじゃなかった。

 

ずっと気を張っていたんです。

 

変なことを言っていないかな。

嫌な気持ちにさせていないかな。

浮いていないかな。

ちゃんと馴染めているかな。

 

 

そんなことを考えながら、

ずっとその場にいた。

 

だから疲れていたんです。

 

 

 

今思うと、

 

私はランチをしていたんじゃなくて、

ずっと周りを観察していました。

 

みんなに合わせようとしていました。

 

 

だから終わった頃には、

電池が切れたみたいになっていたんです。

 

もしあなたも、

ママ友との時間が苦手なら。

 

それは性格が悪いからでも、

コミュニケーションが下手だからでもないのかもしれません。

 

 

ただ少し、

頑張りすぎていただけなのかもしれません。

昔の私は、

友達が少ないことが悩みでした。

 

みんなには仲の良い友達がいて、

休日に遊びに行ったり、

楽しそうに連絡を取り合ったりしている。

 

それなのに私は、

一人で過ごしていることが多かったんです。

 

 

だから、

もっと友達を作らなきゃと思っていました。

 

もっと人と関わらなきゃ。

もっと誘いに乗らなきゃ。

もっと積極的にならなきゃ。

 

そうやって頑張っていました。

 

 

でも、

不思議だったんです。

 

友達ができても、

なぜか満たされない。

 

遊びに行っても、

家に帰るとホッとしている。

 

予定が埋まるほど、

なぜか疲れていく。

 

 

当時の私は、

そんな自分を見て思いました。

 

やっぱり私は変なんだ。

 

みんなは人といるのが楽しいのに、

私は楽しめない。

 

どこかおかしいんじゃないか。

と。

 

 

でも今なら思います。

 

私が欲しかったのは、

友達じゃなかったんだろうなって。

 

 

欲しかったのは、

【みんなと同じ】っていう、安心

だったのかもしれない。

 

 

友達が多い人が正しい。

社交的な人が素敵。

 

そんな空気の中で、

私は「友達を作りたい」と思っていた。

 

 

でも本当は、

一人の時間が好きだった。

静かな時間が好きだった。

 

 

ただそれだけだったのかもしれません。

 

もしあなたも、

友達を作ろうとして疲れているなら。

 

本当に欲しいものは何なのか。

少しだけ考えてみてもいいのかもしれません。

ママ友とのランチ。

職場の飲み会。

保育園の集まり。

 

いや、そもそも

学生時代から「みんな」で遊ぶこと。

 

私はずっと不思議でした。

 

みんな楽しそうなのに、

どうして私は疲れてしまうんだろう。

 

 

その場では笑っているんです。

ちゃんと会話もする。

愛想が悪いわけでもない。

 

むしろ、

「感じがいい人」

と思われていたと思います。

 

 

でも家に帰ると、

どっと疲れる。

 

もう誰とも話したくない。

静かな部屋で一人になりたい。

そんな自分がいました。

 

だから私は、

ずっと自分がおかしいんだと思っていました。

 

 

人見知りだから。

コミュニケーションが苦手だから。

自己肯定感が低いから。

 

もっと明るくなれば。

もっと社交的になれば。

もっと人付き合いを楽しめるようになれば。

 

みんなみたいになれるはず。

そう思っていました。

 

 

でも、

今なら少し違う見方ができます。

 

もしかしたら私は、

人付き合いが苦手だったわけじゃなかったのかもしれません。

 

 

本当は、

一人でいる時間が好きだっただけ。

 

静かな時間が好きだっただけ。

 

家でコーヒーを飲みながら、

好きな本を読んだり。

ぼーっとしたり。

 

そんな時間に安心する人だっただけ。

 

 

でも、

子どもの頃からずっと、

 

「みんなと仲良くできる人が正しい」

「友達が多い人が素敵」

「社交的な人が人気者」

 

そんな空気の中で生きてきました。

 

 

だから私は、

一人が好きな自分を認められなかった。

 

 

みんな楽しそうなのに。

私は疲れてしまう。

 

その違いを、

性格の問題だと思っていました。

 

 

でも本当にそうだったのでしょうか。

 

魚が木登りできないことを責める人はいません。

猫に犬みたいになれと言う人もいません。

 

なのに私たちは、

自分だけには言ってしまうんです。

 

 

みんなみたいになれ。

もっと頑張れ。

もっと合わせろ。

もっと楽しめ。

と。

 

 

私は長い間、

「みんなみたいになれない自分」

を責め続けていました。

 

 

でも最近思うんです。

 

もしかしたら、

みんなみたいになれなかったんじゃなくて、

最初から違う人だっただけなのかもしれない。

 

 

もしあなたも、

みんな楽しそうなのに疲れてしまうなら。

 

それは、

あなたがおかしいからではなく、

あなたがあなただからなのかもしれません。

 

 

私は今、

そんなふうに考えています。

 

私がそう思えたきっかけも、置いておきます。

 

▶︎気づきをくれた7通のメルマガ