どうも 御無沙汰しております(艸Д゜*)汗
本日 東日本大震災の追善会のお仕事行ってきます
泣かないようにしないと。。。
東日本大震災から 二年
亡くなられた全ての方々の ご冥福をお祈りします
被害に遭われた全ての方々に お見舞い申し上げます
復興に関わってる全ての方々に ありがとう
死者1万5881人
行方不明者2668人
避難生活者31万5千人
どれだけ言葉並べても 被災した方々の心の傷は癒えないだろう
どれだけ街が 復興しても 心の傷は癒えないだろう
私達に何ができるのか?
募金・ボランティアなど 色んな事が出来るかもしれないが
一番大切な事は
忘れない事だと思う
2年たった今も 苦しんでる方々が 多くいる事
生きたくても 生きれなかった方々が多くいる事
愛する人を 突然 奪われた方々が多くいる事
想い出を全て 奪われた方々が多くいる事を
その全てを 忘れない事
そして
自分が 今日1日生きた事に感謝して
愛する人が 側にいてくれることに感謝して
前を向いて 生きる事が大切なんじゃないかと
私は ニュースやネットじゃなくて 直接被災者の声を聞く機会が多い
目の前で 津波にのまれて「助けて」と叫ぶ人達を 助けられなかった人
一緒に避難していた生徒14名を目の前で亡くした先生は あの日から心の中で 二つの時計があると
一つは あの日から 止まったままの時計
もう一つは 頑張って前に進まなきゃと 少しだけ動いている時計
一緒に逃げて助かった生徒が 教師を目指している事を知って
自分も前に進もうと決めたと
奥さんと別々の車で 近所の人の非難を手伝っていたご夫婦
奥さんは 2度目に 近所の人を助けに行って 帰らぬ人に
何故行かせたのか?何故自分が助かって妻が死んだのか?
2年たった今も 自分を責めると
家も全て 津波で失った
段ボール1箱分の 泥まみれの写真が見つかった
何枚かを洗ったら インクが薄れたから 洗うのをやめた
妻との思い出が 全部消えそうだったから
今も 泥のついたままの写真を大切にしている
家にいたほうが 安全だと思い
一番可愛い時期の 我が子二人を 家に残し
妻を探しに行った 青年は 家ごと我が子二人を失った
二人の我が子には いまだに 見つかっていない
今でも自分を責め続けている
でも 沢山の仲間の励ましをうけて
少しでも前を向こうと 復興モニュメントの作成に関わっている
書ききれないほどの 悲しい真実
でも
乗り越えようと 日々 一歩でも前に進もうと してる姿は
とても眩しい
「悲しみは優しさに 苦労は強さに」
この言葉のままの姿を観る思いだ
言葉では 表しきれないだろう 苦しみを 悲しみを 必死に乗り越えようと頑張っている人
心の復興が終わるまでが 復興だと思う
その時が 復興が 福光になる時
私は忘れない
そして 一生 福光の日が来るまで 私の出来る事を精一杯やり続ける
ヒマワリのように 太陽に向かって 歩いて行こう
必ず 春はやって来るから
「最後だとわかっていたなら」
あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう
あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしはあなたを抱きしめてキスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて
抱きしめただろう
あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしはその一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう
確かに いつも 明日はやってくる
見過ごしたことも取り返せる
やりまちがえたこともやり直す機会が
いつも与えられている
「あなたを愛している」と言うことは
いつだってできるし
「何か手伝おうか?」と声をかけることも
いつだってできる
でも もし それがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるとしたら
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい
そして私達は 忘れないようにしたい
若い人にも 年老いた人にも 明日は誰にも
約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめるのは
今日が最後になるかもしれないことを
明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず
もし明日がこないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから
微笑みや抱擁やキスをするための
ほんのちょっとの時間を
どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうしてしてあげられなかったのかと
だから 今日 あなたの大切な人たちを
しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも いつまでも大切な存在だと言うことを
そっと伝えよう
「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や
「気にしないで」を 伝える時を持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから
2001年のアメリカの同時多発テロで、貿易センタービルに1機目が激突したあと、救助のために最初にビル内に突入した数百名のレスキュー隊の1人で、行方不明になってしまった29歳の消防士 Norma Cornett Marek が生前書いていたもの

