1995年1月17日 午前5時46分 阪神淡路大震災から14年


震央 淡路島 北緯34度36分 東経135度2分


震源の深さ 16キロ


規模 マグニチュード7.3


6400人以上死亡 負傷者4万4千人 被害建物70万棟


まさに 大震災だった



この時に 神戸の女性に1通の手紙が送られた


アメリカの 人権の母 ロザー・パークさん


「ウィ・シャル・オーバーカム(我ら打ち勝たん)」


この言葉の通り 被災地は復興した




最近も 大きな 災害が多い


1998年 インド西部サイクロン被害


1998年 台湾大震災


2004年スマトラ沖大地震 インド洋大津波 22万人死者・行方不明者が出た


2005年アメリカ南部ハリケーン被害


日本では 北海道十勝沖・新潟県中越・福岡県西部・石川県・能登半島・岩手県・宮城県



昨年5月は 中国四川省 マグニチュード8 6万9千人死亡・1万人行方不明者


この 地震後 日本ユニセフ大使のアグネス・チャンが 現地を訪問した


その時に 亡くなった母親への手紙を握りしめている 少女に出会う


手紙には お母さんが何時も歌っていた歌を聞きたいと


その歌は アグネスが20年前に 北京で歌っていた歌だった。


その場で アグネスは その歌を歌ったという・・・・




大災害は 多くの人の命を奪い 心の絆をも引き裂く。


人の結びつきが 突然切断される。


自分さえよければ というエゴの心をなくして


普段から 心と心の繋がりを 結ぶ事が大切だと思う。



阪神淡路大震災の時に 20歳の青年が ボランティアに参加。


助けられない命が たくさんあったという・・・


彼は その後 消防士になり、多くの人の命を救っている・・・・



色んな人達の 14年間だったのではと 新たに感じた1日だった



「偉大な魂を持つ人は 大きな災害に投げ込まれると


哲学の中に おどろくべき打開策を見出すものだ」


「岩窟王」の作者デュマの言葉



何があっても 生きて下さい。


生きたくても 生きられない人が どれだけ多いか・・・・