岐阜市内で
長良川のカッパを探していると
不思議な気分になります。
これだけの川で有りながら
カッパの影が薄い。
痕跡らしきものはちょいちょい見つかるのですが
「いかにも」な物語とか
その舞台になった場所が
曖昧模糊としてしまって
見つからないんですね。
カッパにまつわる「なにか」がもっとあってもよさそうなのに。
それで、ちょいと考えこんでしまったのです。
長良川は水運に利用されていました。
川湊のある所はその恩恵で栄えていた歴史があります。
生活の場にも近く
子供たちの遊び場でもありました。
経済活動と生活の場。
それと共に
何度も氾濫した「暴れ川」でもあります。
得体のしれない妖怪変化よりも
実際の被害と恐怖を伴った
「水害」や「水難」との戦いを繰り返している間に
いつしか
水中の住人は
子供たちへの戒めの言葉としてしか
残れなかったんじゃないかなぁ。
まとまらないですね~。
スッキリした結論に辿り着けるんでしょうかね

それでは、また。
長良川のカッパを探していると
不思議な気分になります。
これだけの川で有りながら
カッパの影が薄い。
痕跡らしきものはちょいちょい見つかるのですが
「いかにも」な物語とか
その舞台になった場所が
曖昧模糊としてしまって
見つからないんですね。
カッパにまつわる「なにか」がもっとあってもよさそうなのに。
それで、ちょいと考えこんでしまったのです。
長良川は水運に利用されていました。
川湊のある所はその恩恵で栄えていた歴史があります。
生活の場にも近く
子供たちの遊び場でもありました。
経済活動と生活の場。
それと共に
何度も氾濫した「暴れ川」でもあります。
得体のしれない妖怪変化よりも
実際の被害と恐怖を伴った
「水害」や「水難」との戦いを繰り返している間に
いつしか
水中の住人は
子供たちへの戒めの言葉としてしか
残れなかったんじゃないかなぁ。
まとまらないですね~。
スッキリした結論に辿り着けるんでしょうかね

それでは、また。