午前中。ものすごく気にくわないことがあり、「うおおおお」と声に上げてしまいたくなる気持ちを何かにぶつける、あるいは癒してもらおうと、急遽スキマ時間で映画を観にいくことに。
行く映画館を間違えてしまったりして、再び「うおおおお」となりかけたけど、何とか上映時間に間に合い、席もゲット。両隣どちらともおばさんくらいの歳の方。「隣に誰が座るのか」を割と気にする自分ですが、これは全然オッケー当たり当たり!と言ったところ。人気映画だけに混んでました。
〜〜(ネタバレ度は微量)嫌な人はまたね
余談はさておき、『ラ・ラ・ランド』を観ました。デミアン・チャゼル監督、再び!といった感じ。監督の前作品『セッション』は以前ブログにも少しだけ書きました。
私自身、今作品のようなミュージカル映画というものがイマイチわからないので、今回はどちらかと言うとデミアン・チャゼルの系譜で見ていました。ていうか、『セッション』の別パターンを見せられているような感じがして、意識せざるを得ないというのが本音です…。
まず始めに全体の感想を述べてしまうと、『セッション』より強烈という印象を受けました。『セッション』のラストシーンではかなりの盛り上がり、言うならば狂気的なものが見られますが、『ラ・ラ・ランド』もジャンルは全く違うとはいえ、(個人的には)さらに強烈な終わり方を見せます。
セッションを観たことある人は「え!?あれより!?」と思うかもしれませんが…。(逆に、ララランドを見てまだセッションを観てない人は是非見ることをお勧めします。)
本当に映画館で観てよかった映画でした。ミュージカル音楽、ダンス、色彩の素晴らしさ。これらは本当に映画館で堪能するべきでしょう。本当に映画館で見てよかったです。
何故こんなにも「映画館で」見てよかったと連呼するかというと、私的には上記した音楽などの素晴らしさ以外には、「なんかもうなんですかこれ…」な映画だったからです。これ家でDVDとかで小さめの音、画面で見てたら無理だったかもしれないってぐらい。
『セッション』では、スパルタ鬼教師とプロジャズドラマーを目指す若者の話でしたが、今回は女優を目指す女性ミアとジャズピアニストとして大成(この表現は少し語弊を含みますが)したい男性のお話。また2人の話かよ!またジャズかよ!
セッションでも大概でしたけど、今回も2人の思考回路というか、なんか相変わらずのズレっぷり。
2人とも、いわゆる"本物"志向なんですけど、その彼らの"本物"論が、都合の良いように使用されているだけ。
本物は「モダンジャズのみだ」みたいにもとれるような言動をして、ファンクをやりたがらないとか。女優志望のミアはカフェ?でバイトしててオーディションに遅刻しかけるとか。
基本的に応援する気になれないんですよこいつら。
バーでの演奏もクビになったのは、急にフリーな感じなピアノを弾いてしまったからという「主人公視点の演出」が起きてますけど、あれはどう考えてもその前のクリスマスソングのリクエストに対して、「俺はこういうクリスマスソングとか弾きにきたんじゃないんだよね〜」みたいなバカにしたような演奏をしたのが原因でしょう。
ミアのオーディションも、確かに急に試験を終了させられて腹立つのはわかりますけど、遅刻しかけて、さらに試験着である白シャツに付いてしまったコーヒーのシミを隠すため、上着をきての受験。初めから厳しい戦いになることは目に見えています。
でも、まだこんなの良いのです。そもそも最初から強い人はいませんし、ここから成長して夢を目指すんだろうなあといった感じだと思ってました。
問題は、この2人はこんな状況を全く反省するシーンとかがあるわけでもなく、基本的に2人はなんかラブラブし始めるだけ。そしてなぜか2人とも成長し、夢へのキップを掴み取ることなのです。
どちらかと言うとこれはピアニストの方が顕著ですけどね。ミアは自主企画で頑張りも見せます!
そんな「ジャズ嫌い」のミアも、なんかあっという間にジャズ好きになって、ピアノとダンスのチェイスなんか始めちゃいます。あんなに嫌いって言ってたのに…
つまり、全体的に過程を見せないで結果を見せられるので、見ててモヤモヤしてきます。
なんかミュージカルが華やかなので「一見いいね!」みたいになるのですが、完全にミュージカルで誤魔化しているのではないかと思ってしまいます。ですが、これが「ミュージカル」であるとするならば、本当に大反省会を今すぐ開催しないといけない…!と同時に、今後ミュージカルに対してのアクセスは自分から行わない気がします。
※何度も言いますがミュージカルのシーン自体は最高でした
まだまだ言いたいことはあるのですが、冒頭に書いた、今回の目的である「うおおおお」と叫びたくなる気持ちを昇華するというものは、映画途中までは全く達成されず、むしろこの映画に対して「うおおおお」とさらに言いたくなるという散々な事態に…。
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こんな文句を言っておいてですが、私はクライマックスで泣いてしまいました。これは決して、会場を包んでいたすすり泣きにつられて泣いたとかではないです。『セッション』の時もそうでしたが、この監督のラストの見せ方ってすごいよなって。だって、クライマックスに行くまでこんなにも批判的だった自分ですら、やられて泣いているんですもん。
評価が分かれるのはここだと思います。このクライマックスを見て、「ん〜なんか今までこいつらちょっとよくわからんやつだったけど、最後感動した!許します!!!!」にいくか、「最後は無理矢理の感動を与えただけで、それまでのモヤモヤは許されるべきではない」といくか。
難しいですが、私は後者な気がします。少なくとも流石に許されるべき前半部ではないかなと。ですが、じゃあ2時間の映画を2時間半にしてちゃんと過程を少しでも補足すれば良かったのかと言うと、それもよくわかりません。そう考えると、これで良かったのかと思ってしまいます…。
ただ、クライマックスには例えどんなに強引でも感動させる(感動したように見せる)力はあると思います。なんかあれだけ馬鹿にしてたやつに一瞬で泣かされたみたいな気分で、すごい悔しいです笑。
両隣のおばさんは本当に良かった…本当に良かった。ってずっと言ってました。
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そもそもこの映画って、宣伝では夢追い人のお話って感じで、それは全く間違ってないと思うんですけど、本当はそこを通した人間ドラマのお話だったんですかねえ。いやそれも、夢追い人を突き詰めた結果のお話ですけど。
とりあえず、どうであれ絶対見る価値ありです。ただ気を抜いて見ると、ミュージカルの華やかさが強くて、
わあすごい!みたいに終わってしまうかもしれません。是非!
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最後に、観た人にだけグッとくるネタバレですけど、ラストのシーンに関して、最近僕がハマっている宇多丸氏が執筆した著書『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング』の中にある「人生が二度あれば」という章の中にある文が、あまりにも的確なので(本人も言っていますが笑)、引用して終わりたいと思います。
「確かに、『あの時、ああしたらこうなっていたかも』的な"後悔"というのは、つまるところ、『こうだったかもしれない可能性』という、言ってみれば過去に向けて抱く夢や希望のようなもので(つまり、決して実現しないかわりに壊れもしない!)、かならずしもそれは否定されるものではない。どころか、限定的なものでしかない我々の人生にとって実は不可欠な、ささやかな"救い"でさえあるんじゃないか?」
それではおわり