いぢめ いじめ 人の目 | けんけんパー

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雑談をする場所です。



いじめは「いじめた方が悪い」とか、「いじめられた方が悪い」とか、よくある話し合いですが、はっきりいってなに寝ぼけたこと言ってるんだと個人的には思っている。各々がいろいろ考えてればいいんじゃないのか。


当事者にとってはそんなんどっちでもいいんだよ。というお話。




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(当然無断転載)



これは最近連載が再開された人気マンガ、ハンターハンターに出てくる一コマ。何巻だったか忘れたけど割と最近の方。このシーンを見るたびに、中学生の頃のことを思い出す。


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中学生の頃(時期はボカす)、信じられないレベルのいじめを見たことがある。先ほど見たシーンと同じことはされていないが、ほぼ同じようなことが行われていた。




「無視された」、「靴箱に何かされた」のようなレベルでは到底なかった(というより、よくいじめをテーマに話す時にこのレベルを引き合いに出して話すコメンテーターは少なくないが、実態を知らないんだなあとよく感じる)。



いわゆる、「ボコボコ」にされていた。いじめの主犯が、制服の上からならカッターで人を刺しても意外と大丈夫なことを、そいつで試して知ってからは、色んなことを試されていた。



いじめられてた奴も必死に反抗しようとしてた。時にはブチ切れて大声で叫び、「やめろ」と抵抗していた。やめるわけがない。その声を笑って真似しながら、またボコボコにしていた。



そいつが何でいじめられてたのか、はっきりした理由はわからない。「なんとなくムカつく顔」だったから?地味だったから?なんにせよ、その程度の理由だと思う。


先生は当然知っていて、尋常じゃなく怒っていた。怒られた後、何もなかったかのようにまた事は始まる。理屈を並べて叱って、満足しているのは先生だけなのである。



ただ、それでも個人的には先生はよくやっていたと感じている。先ほどの漫画のシーンを改めて見ると、こんなこと目の前で起きてたら止めることなんて出来るのか?止めて次顔面をボコボコにされるのは自分かもしれないと考えると、クラス内で止める奴なんて誰もいない。


余談だし、真偽は知らないが、最近某国で頻繁に起きているテロの現場では、突然起きた絶望的な展開に、ただ立ち尽くすことしかできなかった人が多いという。頭ではわかっていても、立ち尽くしてしまうという事は、やはりある。



そういう時にも先生はやらないといけない。叱りながらも、先生が生徒に対して恐怖を感じてる瞬間が顔色から読み取れた時もあった。「先生には絶対にならない」と中学生ながらに誓った瞬間でもある。


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それでもいじめられてた奴は学校に来続けた。傷だらけで、ストレスで髪の毛は薄くなり、来るたび傷は増えるのに来続けた。



これは美談ではないと思ってる。はっきり言って馬鹿だと思った。「自分だったらもう学校行かないのになんで来るんだ」というのは、その光景見てた誰しもが思っていたはず。


「親に心配かけたくない」とか、そんな一心で学校に来てたのなら、その心は素晴らしいとしつつも、反省もするべきだと思う。「偉いねよく我慢したね」とかそんな言葉をかける人がいたなら、無責任にも程がある。


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結局どんな流れか忘れたけど、ふと気づいたらイジメは終わっていた。そういうもんだ。

話を初めに戻すけど、こんな尋常じゃないことが起きている時、「いじめがどっちが悪いか」なんて本当にどうでもいい。その答えが出て、あのいじめが終わるとは到底思えない。いじめ解決のためにこんなこと話しあってるなら、随分とおめでたいなあと感じてしまいますねえ。



ところで、最近の中学生は思わぬ理由からいじめが減少しているらしいけど、それはまた別の話。



おわり