海龍王寺とせんとくんのはんこ | 仏像はんこと難病と・・・

仏像はんこと難病と・・・

難病でもやりたいことをやる。
仏像はんこ彫っています。

24日、平城宮跡会場を後にした私たち・・・・


私たち・・・というのは、
雲端さん&ぼんちゃんと一緒だから。(笑)


ナビゲーター雲端さんに案内していただいて
海龍王寺へ向かいました。

$仏像はんこと難病と・・・-ススキが揺れる

ほんまに田舎道やなぁ~~

細道を歩いていくと・・・

法華寺のバス停を通り過ぎました。


そう言えば、以前、雲端さんが
バス停の名前は「法華寺」だけど、目の前にあるのは、「 海龍王寺 」
と言うてはったのを思い出しました。

雲端:バス停に法華寺って書いてあるやろ!
   向こうの交差点の名前も法華寺。


   そやけど、そこにあるのが海龍王寺やねん。



ほんま、バス停にも交差点にも
    海龍王寺の名前がない・・・・


なんか、海龍王寺をもうちょっと大切にして頂きたいなぁと(笑)

仏像はんこと難病と・・・-海龍王寺山門前

長男が行きたがっていた、海龍王寺山門前。


上の写真の左端に少し見えている塀。

趣があって昔へタイムスリップした気分になれます。
奈良市の文化財指定になってるみたいですねぇ。


表門をくぐって参道を歩いていくと、
ほんまに何年前へ来たんだろう・・・という感覚に襲われます。

うわ~~。
なんかええ感じです・・・

仏像はんこと難病と・・・-特別拝観って書いてあるで~!

長男:特別拝観って書いてあるで!!



ナビゲーター雲端さんから
日本に現存する「般若心経の写経」の中で、
一番古いと言われている般若心経があるんやで~と聞いていたので、

長男が「般若心経も見られるって書いてあるで!」
と教えてくれました。


仏像はんこと難病と・・・-本堂
本堂。

ここに、あの、十一面観音菩薩さんが居はるんですねぇ・・・・


と、横でナビゲーター雲端さんが
「石川住職いはるで!」とぼそり。

仏像はんこと難病と・・・-イケ住こと石川住職

い!イケ住が!(笑)

えっと、説明いたしますと、
海龍王寺の『イケメン住職』と言われている石川重元様です。


誰が名付けたかって??

それは、みうらじゅんさん(イラストレーター)だって。(笑)
(仏像に詳しく『見仏記』などのテレビ出演)

ちょっと声をかけようかなぁと思ったんですけど、
や~めた。(笑)


後でツイッターで報告したら
「声かけてくださったら良かったのに・・・」
と仰ってくださいました。

面白い『イケ住』です。

海龍王寺に行かれた際は、石川住職も拝観せなあきません(笑)



十一面観音さん、ホンマに綺麗でした。
なまめかしい腰付きがまた・・・
ええ感じです。

はんこにしたら素敵やろうな~。


本堂の奥には、八十八体の仏像が!!

じ~っと見てたらぼんちゃんが
「あ!大日如来や~!」
と、言いました。


 全員驚き!


ぼんちゃん、2日前に6歳の誕生日を迎えたばかり。

その小さな女の子が
「大日如来や~~!」とお姿を見ただけで
言うんですよ。

智拳印(手の形)を知ってるところが
流石、ナビゲーター雲端さんの娘です。

後で聞いたら、
ぼんちゃんの守護神が大日如来さんと言うことでした。

ほんまに凄いなぁ・・・
よう知ってるなぁ・・・ぼんちゃん。

仏像ガールに認定やな。(笑)



この、八十八体の仏像については

『先代の松本住職(石川住職の叔父さん)いう人が、
 四国八十八箇所の本尊を彫らはったんですな。

 この松本住職が、この寺に来たころは、今よりも
 もっと、この寺が荒れてて、その復興祈願に
 四国霊場をまわらはったみたいです。』

と、ナビゲーター雲端さんが教えてくれはりました。


なるほど~~。
松本住職さん凄いな・・・。

ほんで、
『会津八一いう、戦前の歌人がいてるんですが、その人が
 ここに寄った時に「廃寺か思た」て書いてますわ。』
との補足が。

今はええ感じのお寺に見えましたけど
以前はそんなにさびれてたんですかぁ・・・。


歌と言えば、パンフレットにも歌が詠んでありましたな。

仏像はんこと難病と・・・-寺門勅額

しぐれのあめ いたくなふりそ こんだうの
はしらのまそほ かべにながれむ


「しぐれよ あまりひどく降ってくれるな 
 金堂の柱の真緖(まそお・朱の顔料)がとけて 
 壁に流れてしまうから」



現在は海龍王寺もずいぶん有名ですよね。

長男の大好きな大仏開眼(NHK)の番組で出ていた玄昉さんの
いらっしゃったお寺・・・。(初代住持)


『イケ住』石川住職もちょっとしたアイドル。(笑)

そう言えば、玄昉さんに変身してはった・・・。
http://pub.ne.jp/kairyuouji/?entry_id=3264758

大忙しですね(笑)


海龍王寺の歴史については・・・

私は歴史が苦手なので、簡単にしか説明できませんが・・・


天平時代、遣唐使として唐に渡っていたが玄昉が
航海の途中に東シナ海で暴風雨に襲われたんですね。

四隻の船団のうち、玄昉が乗った舟だけが種子島に
漂着することができたんです。そして無事に奈良の都に帰朝。

荒れ狂う海の真ん中で「海龍王経」といわれる経典を一心に唱えた
玄昉のお陰で海龍王が船を護ったのだと人々に信じられたわけですね。

(大仏開眼(NHK番組)を見たらよく分かります・・・
 ちょっと玄昉さん、あとで悪役みたいになってますけど・・・)


そんなわけで旅行や留学で海を渡る多くの方々が参拝に訪れてはるそうです。


『そんなわけやから、世界の海の水が置いてあるんやで!』

と、ナビゲーター雲端さんが教えてくださいました。


ほんま雲端さん居たら、よう分かる。(笑)

普段は見ることが出来ない
弘法大師が書いたと言われる最古の般若心経(隅寺心経が正式名称)も、
すごかったです。

昔の人はほんまに綺麗な字書かはりますねぇ・・・・。


見どころいっぱいでした。



西金堂には、五重小塔がありました。

仏像はんこと難病と・・・-西金堂

小塔になったのには、なんやら訳があるみたいですね。

仏像はんこと難病と・・・-五重小塔

限られた敷地の中に大寺院の伽藍の形式を持ち込むために
「東西両塔」を備えた五重小塔を造立して、
東金堂と西金堂の両金堂の中にそれぞれ納めたのでは?
と言う話です。

東金堂は明治初年に喪失したとのことです。

$仏像はんこと難病と・・・-五重小塔説明
五重小塔説明書き。


なんか五重小塔の写真がうまいこと撮れへんので
パンフレットより。↓

仏像はんこと難病と・・・-せんとくんと五重小塔

と、せんとくんのはんこも一緒に記念撮影。

だって、まだまだせんとくんに逢った感動が
残ってるんだもん!!(笑)

次のはんこが全然進んでいないのに、遊んでます。(笑)

ってか、せんとくんのはんこ、2個も持ってても
仕方がないので、せんとくんに一つ送ろうかな~・・・

要らんかなぁ・・・。


鹿角童子倶楽部から・・・ということで。
ど~~~でしょ・・・?



話しがそれてしまいましたが・・・

海龍王寺、
お庭には立派な松もありまして・・・
ほんまにええ雰囲気でした。


今、海龍王寺、法華寺、不退寺の三寺による
「佐保路の三観音特別開帳」のスタンプラリーをやってはります。
(11月11日まで応募)


これは、残る二寺も行かねば!!