娘は2023年4月夜に発熱し痙攣を起こしました。
熱性痙攣だと思いましたが、痙攣後に意識朦朧としていたため市民病院へ入院しました。
入院中熱が下がり意識の具合も良くなってきた頃、再度痙攣を起こしました。
この時に市民病院の主治医から県立病院への転院を勧められ、県立病院のPICUに入院しました。
なかなか発作が止まらず、抗てんかん薬を2種類使い痙攣を止める事ができました。
3日間意識がありませんでしたが、その後意識が回復しました。
「意識が戻りました。短時間だけど特別に面談ができます。」と病院から連絡があり久し振りに娘に会う事が出来ました。
しかし、娘は言葉を発する事できず、親もわからなくなっていました。
私達夫婦は痙攣から目が覚めた直後だからねぇと思っていました。
コロナウィルスの関係でPICUでの面会は一度だけでした。その後一般病棟に転棟します。
父と母が行けばきっとわかってくれる!と張り切ってお見舞いに行きましたが、お話をするどころか泣き叫ぶだけで食事を食べることも出来ない娘を見てただ茫然として手足をさするだけの一日を過ごしました。