小麦粉の「ぶっとびな毎日♪」

小麦粉の「ぶっとびな毎日♪」

Buttbinity共同代表の小麦粉のブログです(^^)
日ごろ起こったぶっとびなこと、面白かった本、ニュースを見て思うことなどをつれづれに。

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どうも小麦粉です!!

今日は大事なお知らせがございまして…。

 

題して

「小麦粉、某らっきょう大学、前期で卒業できない(´;ω;`)」

です。※文は画像の下に続くよ♡

 

うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん(´;ω;`)

非常に無念である。かなり複雑な心境、今。

 

ことの経過を説明すると、

先週

小麦粉「そろそろ大学始まるし(二回目の4年生)、履修たてっかぁ(パソコンカタカタ…)」

今週火曜あたり

小麦粉「だいぶ時間割うまったぞ。もうこれも大学最後の履修登録かぁ。感慨深い…」

今日

小麦粉「明日から大学だし、もう一度残りの単位確認して、準備しよ!あと一個入れ忘れてた科目あったな。シラバスをみてっと…(シラバスぺらぺら)...あれ、ええ?あれれれれれ( ;∀;)やばいぞ!!!」

実は、小麦粉、この1科目につまずいたのです。

その授業、前期ふつーに開講するもんだと勘違いしていたのだが、後期にしか開講していないことが発覚。

顔面蒼白の俺。

急いで大学へ直行。事務課?に行って相談。

事務課の人「大変残念だけど、これはどうにもなんないねぇ」

小麦粉「そこをなんとか!!!!!m(__)m」

事務課の人「後期、頑張って(ニコッ)」

小麦粉「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん(´;ω;`)(´;ω;`)(´;ω;`)(´;ω;`)」

学内をさまよう俺。キャンパスには顔見知りなどもはやゼロ。

小麦粉「みんな俺より年下なんだよなぁ、俺浪人もしちゃったから新社会人たちも年下。ああ、穴があったら入りたい(´;ω;`)」

自販機でウィルキンソン(¥100 ♡)を購入。学生ラウンジに腰を下ろす。

小麦粉「(ごくごく…)ゲプッ、まあ過ぎたことは過ぎたこと。ちょっと試しに後期のシラバスもあるから、もし後期だけで残り全部とったらどうだろな。さすがにこの単位で1年まるまる留年したらちょっと暇だなぁ。(パソコンカタカタ)あれ、これわんちゃん…(*’ω’*)?」

 

ということで、

結果↓↓

小麦粉、前期は休学し(休学は2年ぶりだぁ)、後期に復学して来年3月にらっきょう大学を卒業します(*^^)v

 

両親「本当にこれは反省しろよ。でも、お前の人生だから勝手にしなさい。」

小麦粉「ありがとうございます…m(__)m

((ガチで反省します。父さん母さんありがとう。泣きそうだよ…。))」

両親からこれからの小麦粉のビジョンを文にして提出するように言われたので、公開できるものはここで。

 

というわけで、両親には許しを得たものの、さすがに申し訳ないので復学後の学費は自分で払います…。

 

次回「小麦粉、バイトを探す。」

  「まさかの事態からの小麦粉再興戦略」

をお届けいたします!

 

 

 

どうも小麦粉です。

 

いきなりですが、

 

人間が生きていくうえで何が一番大事かというと、

 

金!ではなく、モノ!でもなく、

 

めし!だと思うのです。

 

人間は所詮は生き物の類なのですから、食べ物なくしては生きていけません。

 

 

「小麦粉はなんでこんなことを真面目くさって言っているんだ?!」と皆さんが思うのはごく当たり前です。

 

でも、労働というものがめしのためとする社会システムをすこ~しチェンジすると、なかなか面白いんじゃないのかなと思うのです。

 

それがどういうことなのかというと、人間いわゆるいま働こうが働くまいが成果をあげようがあげまいが最低限のご飯は毎日食べられるというシステムが理想だと考えます。

 

少し具体的なことをいうと、住民に「めしwallet」のようなアプリを配布し、毎日朝7時ごろに政府or自治体が1日分の仮想通貨「めしコイン(1000円相当)」を配布

 

それがコンビニやスーパーやレストランで使えて、各自最低限のご飯を食べるためにのみ使うことが出来る

もちろん自炊なんかすれば1日500円もかからないこともあるから余剰分は明日に繰り越せる

 

ぜいたくな食事をしたければそれにポケットマネーを別途つぎ込むことだって可能です。

 

もちろん、酒や嗜好品を楽しみたいならめしコインだけではまかなえない

 

1日1回1日分のコインの支給」というのは、めしコインが投機や無駄遣いの対象にならないためだ。

月1とか週1よりも、やりくりがしやすい

 

 

 

      

 

日本では、単身世帯で月3万円弱、2人以上の世帯で月6万円弱の食費(※外食・酒除く)がかかっていると言われている。

 

これは決して少なくない額であり、とくに小麦粉含む中~低所得者層にとってはめしのために働くというリアルを感じざるをえない。

 

もしめしコイン導入でこうした負担がかなり軽減されるならば、人々の生命の維持を気にしなくてもよくなる。

 

つまり、どんなに借金を抱えても、しばらく収入と呼べるものがなくとも、お腹が空いてたまらないということはなくなる

 

しかも、めしコインは現金ではなく食料専用の仮想通貨であるため、生活保護とは違うからパチンコとかギャンブルに消えてしまうこともない

    

 

これは貧困層にとってはもちろんだが、

 

これはとくに、

・これから起業したいけどその資金を稼いだり準備がしたくて、バイトや生活費稼ぎの仕事ができない。

・しばらく引きこもって勉強、読書にふけりたい。

・自分探しうんぬんのために旅がしたい。

     

 

といった、貧困とは言えないが、めしのための労働がかなり惜しいという人のためにもなるのだ。

 

いま、めし以外の目的のために時間と労力をかけなくてはいけない、むしろそうすることで将来経済に大きく貢献できるという人がたくさんいるのではないかと、小麦粉は思うのです。

 

「よぅ小麦粉ぉ、こんなのめっちゃ国家予算かかるんじゃね?!」

これがなかなか難しい。

日本の15歳以上の人口が約1億人だとして、1000円相当のめしコイン×1億=1000億円が1日あたりかかってしまいます。

 

これは、まずい。

もちろん、「めしコインが要るほど飢えてないわ!」という人や世帯もあるはずだから、すべてに付与する必要はない

 

ただ、中流以下のいわゆる「庶民(小麦粉ももちろん含む)」の層が負い目を感じることなく、ごくごく気軽に手を伸ばせるようなものが望ましいとは思います。

 

さらに、食品会社や農家がこのプロジェクトに大きく関わってくるわけで、

 

とくに食品関連の大企業が肥大化しすぎている内部留保を活用してプロジェクトを経済的に支援する代わりに政府は高い日本の法人税を軽減させる、などなどの措置をとることも可能だと考えます。

 

いづれにせよ、めしコインによって日本の食品部門の経済のまわりは良くなるでしょう(単純計算で1日約1000億円がほぼ確実にまわるわけです)。

 

 

生活保護みたいに」の援助ではなく、人間が本当に必要な「めし」の援助こそ充実させるべきなんじゃないでしょうか...。

 

ということを、思ってみたのでした

 

こんな青二才の小麦粉のつぶやきに、ご意見下さる方がいらっしゃいましたら、お待ちしております。

先ほどまで相棒さわ©と電話で話しておりまして...、これ自体は日頃よくあることなのですが、今夜は少し込み入った、少し暗い?話をいたしました。

 

そのトークは、「ウーマン村本の元旦朝生での発言は再評価すべきではないか?」ということから「人間って、なんだろう?」という話でした。

 

元旦以降、炎上?した村本さんの番組内での発言はみなさんまだ記憶に新しいことかと思います。

 

非武装中立、戦力の完全放棄、尖閣諸島明け渡す...、といった前衛的でぶっとんだ発言にブーイングの声が多くあがったことは言うまでもなく、小麦粉自身も最近までは村本さんに批判的でした。むしろ、こんなの相手にする方がおかしいとすら思っていました。

 

番組では、こうした村本さんの発言にほぼすべての出演者が賛同しないという流れに終始していましたが、今この番組を見返すと、これは一種の同調圧力のような空気感があって不気味だなと思うのです。

 

 

この番組の出演者は村本さん以外はそれぞれスゴい肩書をもついわゆる「有識者」であり、そこに高校中退の彼が混じるというかたち。本来はいわゆる庶民の代表として彼が素朴な質問を投げかけ、それに有識者の皆様が耳を傾ける..というのが理想だったはずだと思います。

 

しかし、村本さんが発言するやいなや、「なんだこいつ?」という空気感が広がり、三浦さんなど有識者の方々が小ばかにするように批判し、すぐにまた専門用語やムズカシイ言葉を並べて自分たちの次元の議論にもっていってしまった...という感じがあったのが否めない気がします。

 

これはまずいな...というのが今の小麦粉の意見です。

 

 

 

 

彼の主張を振り返ると、意外に法や政治を通り越し、人間の存在を問いかけているという気がします。

 

村本さんは、非武装中立を提唱し、敵に何かを奪われそうになったら差し出せばいいじゃないか...と言います。

これに同意するかしないかはともかく、この考えはものすごく勇気あることであり、今の世の中こうしたことを言うこと自体が度胸を要することだと思います。

小麦粉がいまこれをできるか...といわれれば、答えは恥ずかしながらNoです。

 

こうした考えをもつということ、それは人間に課された一つの大きな試練であると僕は思います。

 

と同時に、人間は自己を犠牲にするより保身に走るということは目に見えて明らかだと思うし、もちろん小麦粉もその部類に入ります。命が、家族が、金が、所有物が惜しいですもの。

 

 

右の頬をぶたれたら左の頬も差し出しなさい」とイエスが言ったのは今から2000年くらい昔。これはイエスが、差し出すことをためらう人々に対して言った言葉でしょう。

 

そして今も、森友問題に対して責任の押し付け合いが行われているわけです。それも、頭の良い政治家や官僚の間でです。

 

で、「やっぱり人間は保身に走るし、そのための自己防衛をためらわないというのはしょうがない」という正当化で開き直るのも一つ。

 

しかし、それで終わってしまえば争いは尽きないんじゃないかなとも思うのです。

 

では人間とはどうあるのが望ましいのか、それは現実にどうあるべきなのか

 

このことが、細かい法や政治の次元のもっと深くの次元で僕らを待ち構えているテーマなんじゃないかなと感じます。

 

そしてこれを小麦粉のような無知な庶民も、三浦さんのような頭の良い学者さんも、AIのプロ落合先生も、だれもかれも、考えていければと思うのです。

 

もちろん正解なんておそらくありません

しかも、自分のものさしでの考えでもいいのです。

つまりは自由です

 

こうしたことを有識者も庶民も、同じ人間として議論して考えを公平に共有することで、法にしても政治にしても活かされるのではないかなと感じます。

 

おそらくこのことに専門知識は要らないでしょう

 

それぞれの、それぞれなりの経験や考えをもとに自由にぶつけあえばいいんです。

 

こうした身近で誰でも正直になれる場を将来作れればなぁと、小麦粉は思っています。

 

 

 

というぼやきに、今夜もさわ©はうんうんと聞いてくれたのでした。

 

ありがとう。

どうも小麦粉です!!

 

今日の読後記は、外山滋比古の『思考の整理学』です。

この本、小麦粉が高校に入った時に祖母から与えられていた一冊なのですが...、

今の今になるまで内容がちっとも頭に入ってこなかった(´;ω;`)

 

何となく言っていることは分かる、でもこれを実践するとなるとなかなか実感がわかないなぁ...と思いつつ、でもいつか必要になるだろうと感じ、最近にいたりました。

しかし、スタートアップなどに興味を持ち、「とにかくいろいろ吸収したい!」という気持ちが出てきた今、この本を読めば読むほどに...、

 

目からうろこが落ちる落ちる!!

 

 

この本が僕らに何を伝えたいのかというと...

つまり、

グライダー人間から飛行機人間に進化すべし!

ということなんです。

 

グライダー人間とは何かというと、

グライダーが誰かの力によってでしか飛べないように、自分が受け身になり過ぎて、自分主体で考えたり行動したりできない人です。

 

「テストのための勉強を一生懸命して良い点とってそれで終わり」

こうしたことに全力を注ぐような雰囲気の学校は、グライダー養成所に他なりません。

 

 

一方、飛行機人間はというと、

飛行機がエンジンを装備して自ら飛び立っていくように、自ら考えて試行錯誤しつつなんとか進んでいける人です。

 

「グライダー人間がやるような仕事はこれからコンピューターに取って代わられる。でも飛行機人間は生き残る。」

と外山滋比古は主張しますが、これは1983年の本。今こうしたことを語る本があるのは当たり前ですが、今から実に30年以上前に、こうしたことを予期していたということに驚きだ~...。

 

どうやって飛行機人間になるのか!?

 

それをテーマにこの『思考の整理学』は展開されています。

 

そのうちの印象に残ったところを紹介すると、

たとえば、「発酵」というポイントです。

頭にとある構想が浮かび、「これはうまくいくかも!?」と思いつつもなかなかうまくまとまらない...、というときに焦って考えにふけるのは禁物!!

ここで、その考えをなんとなく心に留めつつ、あえて放置しておく。

 

すると、ビールやパンが発酵していくように、時間がたったあとに面白いアイデアが広がることつながります。

 

少し忘れてきたころに、「あ!あのときの○○、こうすりゃいいんじゃね!?☆彡」

となるのがベスト。

 

さらに付け加えると、発酵をさせるためには、

・気分転換を悪いことだと思わないことチュー

・いろいろな人と談笑すること爆笑

・ひとつのところにとどまり過ぎないことキョロキョロ

・自分なりの解釈を大切にしつつたくさんの本や情報に接すること本携帯

・自分のことも他人のことも精一杯ほめること晴れ

 

が大事です(^^)

 

小麦粉ものんびりながら着実にがんばります!ではでは(^^)/

どうも小麦粉です!!

 

今のボス(区議)の(自称)秘書になって約半年が過ぎました...。

 

※一般的な議員秘書に比べた場合。そもそも小麦粉は秘書専業ではない(むしろお手伝いのような位置付け)。

ふつう区議というのは秘書を使わない.(小麦粉はボスの(半ば無理やり)の許可を得て、やりたくてやっているのである)。

 

とにもかくにも(自称)区議秘書をして「ああ、いい仕事させてもらってんなぁ・・・」と思うこともしばしば。

例えば小麦粉がもらった仕事にはこんなのがある。

 

・議会質問作成についての助言。

・事務所Twitter、中の人(本人のとは別)。

・収支報告書作成。

・ボスが連携している他の自治体の候補者の選挙応援。

などなど...。

 

これについていろいろと振り返ってみると...、

 

区議選の収支報告書の時は、とにかく収支報告書童貞の小麦粉にとっては至難のわざだった。

領収書を集め、ひとつひとつエクセルに入力。気の遠くなる作業でした...。

選管にもっていけばダメ出し、の繰り返しで何度めげそうになったか(-_-;)

しかし、小麦粉のような青二才相手にひとつひとつアドバイスをくださった選管、今思えば本当に神対応であった。おかげでいま、後援会の収支報告を作る作業がむしろ快感になってきたよ...。

 

 

議会質問作りの手伝いは、なんといっても区の諸課題を考える機会になるという意味で非常に良い時間が過ごせている!!役所がいまどんなことに力を入れているのか、どんなことがまだ未達成でどういった手段が望ましいのか...ということなど、いろいろと考えさせられます。大好きなこの区をますます公正にそして優しく住みよい自治体にするために、まだまだ頑張んないといけないね...!!

 

しかし、いったいそんな小麦粉のボスはどんな人物なのか!?

それは長くなりそうなので...別の機会にお話ししましょう(^^)

 

(そういえば...)

先日相棒さわ©が収支報告書作成を手伝いに来てくれました♡

 

 

 

ブログ始めたてでなんと重いタイトルなのだろうか...

小麦粉もこれでいいのだろうか...と思いました(^_^;)

 

 

 

この本、なんとあの

 

アインシュタインフロイトの往復書簡なんです。

 

それも、1932年の出来事。

1932年というと、ドイツの国政選挙でナチ党が第一党になった年。

そしてこの2人はユダヤ系の学者なんですね...!

ちなみに、このアインシュタインは1933年にアメリカへ、フロイトは1938年にイギリスへ亡命しているんです。

こうした混乱の時代のさなか、2人は書簡をを交わす。そのテーマは、

「人間を戦争というくびきから解き放つことはできるのか?」

この時代にして、なんとダイナミックなテーマであることか。

 

手紙はアインシュタインから始まります。

なぜ戦争は終わらないのか」。

 

彼はこう主張します。

人間の心の中に、平和へ抗ってしまう力が働いてしまう!!と。

たとえば、権力欲。                         

戦争はビジネスでもあり、利益追求のために権力にすり寄るグループが戦争を後押ししてしまう。

しかしこうしたグループはほんの一握り。圧倒的多数の国民はそれに左右されるしかない...。

ではなぜ、この多くの国民がそれに抗えないのか?                  

 

これは、人間に本能的に潜む相手を攻撃しようとする欲求のためだ!と彼は指摘します。

「これについてどうよ?!」アインシュタインはフロイトに問いかけます。

 

フロイトはこれに同意しつつこう解釈します。

人間は本能的に、

何かを保持しようとする衝動(いわゆるエロス的欲求)と

何かを破壊しようとする衝動が備わっている、と主張します。

これは精神分析の理論に基づきます。

 

そしてこれらは、互いに働き合っています。

 

たとえば、小麦粉がA子さんに恋をしたというとき、

「A子を自分だけの彼女にしたい!!」という気持ちと、

「A子を狙っているB助をなんとか貶めたい!!」という気持ちが両方生じる...ということです。

 

しかしこうした衝動が行動に結びつけられるパターンはさまざまであり、ほとんどがこの2つの衝動が複雑にもつれ合ったものの表れであると指摘します。

人間が戦争に加わるにしても、その動機は様々ですが、それが一見して高尚に見えるものであっても、理想的なものであっても、この中に破壊欲求が含まれています

 

これらの欲求・衝動をどう論じていくかは、まだまだ先が見えなそうな気もします。

「結論として、人間から攻撃性を取り除くことはできない!」とフロイトも言います。

 

それゆえフロイトは、もし戦争をもたらしてしまう欲求が破壊欲求であるならば、その反対の欲求であるエロス的欲求を呼び覚まして深化させるべきと指摘します。エロスは人と人との絆を構築し、絆は戦争を阻むのだと。

このエロスというのは、2つの種類があって、

①愛する対象への絆 ②一体感や帰属意識によって生み出される絆 です。

エロスエロスいうと、なかなかいかがわしい解釈を抱かれがちですが、ここでのエロスはこうしたものよりもっと広い「愛」です。

なにも対象が異性である限りではありません。

小麦粉にとっては「あ~、さわ©に会いたい」とか「Buttbinityの動画収録成功させよう!」とか「箕輪さんかっこいいわぁ~♡」といった思い一つ一つもエロスなんだと思います。

 

他にも、フロイトは自身の立場から、権力について、また文化と知性についても語っています。

 

ぜひ一読をおすすめ(^^)