↑より抜粋

イギリスを代表する劇作家キャリル・チャーチルが2012年に発表した戯曲『Love and Information』。
日本での一般上演は今回が初めてとなります。
キャリル・チャーチルは、『A Number』『Cloud Nine』『What If If Only』など、フェミニズムや政治、言語の実験性を通じて演劇界に革新をもたらしてきた作家であり、本作にもその挑戦的な視点が色濃く反映されています。
『Love and Information』は、登場人物に固定された設定がないため無限の可能性を秘めており、科学・宗教・記憶・孤独・秘密・テクノロジーなどを扱った短いシーンの連なりによって構成され、それぞれのテーマが現代社会を象徴しています。
情報過多の時代における「生きることの断片」を、今回どのようにリーディング公演として立ち上げるのか。
演出・桐山知也ならではの視点、翻訳・髙田曜子による豊かな翻訳、そして2チームに分かれた華やかなキャスト陣による声の表現に、ぜひご期待ください。

 

 

 

こちらの愛知公演を観に行ってきました。

「楽しむ」というより「試される」舞台だと個人的には思いました。

 

 

まず翻訳家。登場人物に固定された設定がない。つまり性別もわからない。英語の一人称は男女共通で ”I” ですが、日本語の一人称は「私」「僕」「俺」など性別や年齢、自分と相手の関係性によって変わります。設定がないのなら翻訳者が自分で決めて訳すしかありません。翻訳者の裁量がものすごく大きくて責任も重い。

 

演出家も難しい。朗読劇なので、俳優が台本を片手に立ったまま、あるいは座ったままでも成立する。そこをどう演出するか。

 

俳優も難しい。書かれたものを読むだけなら素人でも出来る。プロフェッショナルとして設定がない中で複数の登場人物をどう演じわけるか。

 

そして私たち観客も試された。私の場合は、この公演を観るのが楽しみというより怖かったです(笑)。楽しめるのか。ちゃんと理解できるのか。眠くならないか。

 

中でも一番試されたのは高橋大輔さんだったかもしれません。演技経験があるとはいえ本質は身体表現の人だから。

 

実際に観た感想です。

 

まずは高橋大輔さん。

公演数を重ねたおかげもあるのかもしれませんが、大輔さんはちゃんと一人の俳優として存在していました。声の演技で印象的だったのは「隠遁者」という演目。ドアの向こう(舞台ではカーテンの後ろ)から話しかけるゴシップ誌の記者みたいな人の役。淡々と話しながら相手を追い詰めていく感じ。この役が一番別人感が強かったですね。

 

彼の得意な身体表現は今回は封印…と思っていましたが、実際には彼にだけ任された身体表現がありましたね。Depression(憂鬱)という何度もはさみこまれる演目で。身体表現と言っても顔を少し上げて(リーディングのときは目線が下)立ち、突然踵を返して後ろに下がるというだけなんですが、印象に残りました。

 

次に全体の感想

表現方法としては対極にあるんだけれど、Love on the Floorとの共通点をすごく感じました。loveというテーマでつながってはいるけれど一貫したストーリーはないところ。loveのとらえ方が(文化圏的に)日本人とは違うところ。大輔さんの立ち姿や彫りの深い顔立ちが浮かび上がるところとか。ただ、身体パフォーマンスは意味がわからなくても楽しめるけど、リーディングはそうはいかない。内容的にも日本人にはピンときにくい場面もあったと思います。私の場合は同日に2公演だったので、1公演目を観終わったときに「続けて2公演はしんどいな」と思ったのですが、2回目にはかなりクリアに内容が入ってきました。entertaining というよりinteresting。最初に書いたように観客も「試される」ような体験だったと思います。

 

大輔さんはまた一つ表現者として階段を上がったんじゃないかな。次のスケート以外の挑戦は名古屋をどり。そちらでも昨年とは違ったことに挑戦するんじゃないかと密かに期待しています。

 

 

 

 

 

 

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