廣田神社の歴史…
創建年代不明
神功皇后が三韓征伐から戻ってくると
忍熊王が反旗を翻していた
皇后は王を避けて難波に上陸しようとしたが
船が海中で回って進めなくなった
そこに廣田の地に
天照大神の荒魂を祀るようにとの
神託が降りたので![]()
皇后は天照大神の荒魂・
撞賢木厳之御魂天疎向津媛命を祀るや
船が動き出したという![]()
約170m南方に今宮戎神社が鎮座する
因みに兵庫県西宮市においても
廣田神社の約2キロ南方に西宮神社が鎮座し
距離は異なるものの同様の位置関係にある🧐
約1km東方の上町台地上に位置する
四天王寺の鎮守とされ
今宮村では古くから正月には
御所へ新鮮な鯛を2尾貢いだという🧐
1872年(明治5年)村社に列す
1906年(明治39年)
神饌幣帛料供進社に指定される
昔は西方に紅白2種の萩を植えた
茶店があって「萩の茶屋」と呼ばれていた
現在も町名・萩之茶屋として残る🧐
痔疾の平癒を祈り
全快の報賽に神使である
アカエイ(アカエ)の絵馬を捧げる
この神使は土地を守る神で
地と痔と音が通じることから
痔疾平癒を祈るものとなったという🧐
《廣田神社 花御朱印》
−境内風景−
本殿
赤土稲荷神社


