愛染堂の歴史…丸写しなんで長いっす🙇🏻
飛鳥時代 西暦593年 聖徳太子は
敬田院・施薬院・療病院・悲田院からなる
日本最古の官寺(国の公式寺院)として
四天王寺を建立されました
その中の施薬院は あらゆる薬草を植え
病に応じてあまねく人々に薬草を
与えられるようにと
四天王寺の北西の角(現在の愛染堂の場所)に
施薬院を建立されたのです
当時の面積は現在より一層広大であり
また建立の意味合いから言うと
わが国の社会福祉事業発祥の地とも
言えるのでしょう![]()
主な堂塔として
徳川秀忠による再建の金堂と
豊臣秀吉による再建の多宝塔があります
四天王寺の施薬院が勝鬘院と言う
もう一つ名前を持っている経緯は
この場所で聖徳太子が
勝鬘経と言うお経を人々に
講じられた場所と伝わることから
勝鬘院と呼ばれるようになりました🧐
勝鬘経は大乗経典の1つで
聖徳太子が熱心に翻訳と注釈書を
残されるほどの
日本仏教の基礎となる経典で
出家をしているかどうかに関わらず
誰もが仏教を勉強する価値がある
と言う内容が語られています![]()
金堂内には勝鬘経に登場する
勝鬘夫人の仏像が祀られています
因みに勝鬘院の「鬘」は「かつら」で
漢字変換できるそうです🧐
平安時代 弘法大師空海によって
密教が日本に伝わると
金堂に愛染明王が本尊として奉安され
愛染明王信仰の普及とともに
勝鬘院全体が四天王寺の愛染堂と
通称されるようになりました🧐
愛染明王に手を合わせると
主に 縁結び 良縁成就 夫婦和合 愛嬌開運の
功徳があること🧐
そして境内にある「愛染めの霊水」は
飲むと愛嬌開運のご利益があり
願いは叶うと言われることから
良縁を求める参拝者が多く訪れるのです![]()
《巳年特別御朱印》
《魚籃観音御朱印》
魚介類への供養と海上安全と
無病息災祈願目的で
建立されたらしいです![]()
《魚籃観音》
写真撮り忘れたのでHPから
お借りしました![]()
《多宝塔》
それにしても…
聖徳太子の創建でも四天王寺の塔頭寺院やし![]()
豊臣秀吉も多宝塔の再建ですからな![]()
他にも貢献してはるんでしょうけど
まあまあ![]()
どっちも『ゆかり』っちゃ
『ゆかり』ですね![]()



