甲子園八幡神社で兼務社の
東鳴尾 皇太神社
(近くの上田公園内の皇大神宮社とは違う)
の御朱印がいただけると聞いていたが
判子が未完成にて
未だ授与はされていない様だった
時間もなく予定していた
上ヶ原八幡神社は諦めて
東の楠霊神社か迷った末に西に向かった
【津門神社】
宮司さん曰く
「一つだと寂しいから」と言う事で
判子が増えてました😓
漢織姫と呉織姫が日本に機織りを伝来した際に
彼らが祀る大日如来を勧請して
創立したといわれ
また菅原道真が左遷され
大宰府に向かう旅路の途中で
休憩した祠でもあったとの伝承が残る
神社名が刻まれている岩は源頼光が大江山の鬼退治で
得た財宝を隠したとの伝説がある
大塚古墳の石棺の蓋だったという武光稲荷社津門神社鳥居横の『明星池』 隣接する昌林寺に伝わる伝説浄瑠璃の題材などにもなっているもので
「多田源氏の源満仲が
中山寺に預けた子の美丈丸が
修行に励まないことに激怒して
家臣の藤原仲光に
その首を取るように命じたところ
仲光の子の幸寿丸が
『自分を身代わりに』と申し出たため
仲光は我が子の首をはねて
満仲に差し出した
その時に幸寿丸の首を洗ったのが
この明星池 それを知った美丈丸は
心を改めて修行に励み
やがて比叡山に入って高僧となり
幸寿丸の菩提を弔うために
昌林寺を建立した」というものです
また「源頼光が酒呑童子を退治して
都に帰る途中に ここで休息をして
酒呑童子の首を洗った」
という伝説もあるようです