桜塚古墳群の故地に
四世紀中から五世紀末頃創建された
とされ古代には素戔嗚尊など
五神をまつり祇園神社と称した
白鳳12年(684年)6月18日に
天武天皇が神宝 神鏡
素盞男命御鏡 獅子頭を
奉納したことから大宮と称し
皇族や武家より厚く崇敬を受けた
鎌倉時代以降には
牛頭天王信仰と習合し
東は現吹田市江坂から
西は現尼崎市富松にわたる
摂津国中西部72村の産土神社となり
「西牧総社」と呼ばれ崇められた
また足利氏 殊に義澄 義晴 義輝の
三代からは厚い信仰を受け神領として
西牧六車の庄
(桜塚 原田 曾根 勝部 走井 福井)
の寄進をうけている
天正6年(1578年)に荒木村重の
兵火にかかり
境内社の十二社殿本殿及び神宝等を
除き全焼仮殿を経て慶安5年(1652年)
現在の本殿が再建された
もとは祇園社とも牛頭天王社とも
呼ばれていたが
貞亨2年(1685年)に神祇管領から
「原田大明神」の神号を得て
現在の社名となった
近代社格制度のもと明治に入って
郷社に列格され昭和16年(1941年)に
府社に昇格した
現在 神社本庁には加盟していない







