ほんの少し
スタンプが増えただけでも
ほんの少し墨書きが変わっただけでも
同じ神社の御朱印が欲しくなる🥴
和歌山の田辺市やかつらぎ町ではなく
大阪の「泉佐野市長滝」に鎮座する
もとは現在地より約1キロほど北方に
鎮座していたらしい
熊野街道に沿って広大な神域を
有していたが 戦中
佐野陸軍飛行場建設のため
1944年に現在地へ規模も縮小されて
遷座されている🤔
この神社 熊野詣での通り道の所為か
辺鄙な田舎町であるが
なにかと伝説が多く
古典ゆかりの地なのであります🧐
社伝によれば第9代の開化天皇の時代
弥生時代中期にあたる紀元93年に
五穀豊穣・国土開発を祈る目的で
祀られたのが始まりらしい🤔
清少納言が枕草子の中で孝子説話として
唐土より「七曲りの玉に糸を通す手段」の
難題を吹きかけられた帝に
老父の知恵を借りた中将が
「蟻に糸を結び玉の中を通らせる」方法を
奏上した物語を紹介しており
これが「ありどほうしの神」の
由来としている🤔
平安末には「蟻の熊野詣」と
揶揄されるほど熊野詣が盛んとなり
道中で九十九王子参拝の為
必ず蟻通神社の門前を通ることから
「蟻」の字の印象が
紀貫之が紀の国から引き揚げる道中
うっかりと蟻通明神の神域に
騎馬のまま乗り込んだ為
急に馬が倒れてしまうという神罰を受けた
神の怒りを悟った貫之は咄嗟に
「かきくもり あやめもしらぬ おほそらに
ありとほしをおもふべしやは」と
謝罪する意味の歌を詠んだ事で
神は心を和らげて馬を復活させたという
後に世阿弥がこの故事を素材に
能曲「蟻通」を作曲したため有名になり
鈴木春信の浮世絵「雨中夜詣」としても
御朱印 …






