おじいちゃん、おばあちゃんが
めっちゃ乗ってる。
こんな雨の平日に…
関係無いわな お年寄りには
毎日が日曜日 毎日が祝日
頼むから帰りであって…
欲しいんやが…
あぁ~
ぞろぞろ、ヨボヨボ、
あんたらゾンビか。
って言うてられへん、早よ行こ。
シャーって三十人ぐらい
抜きしたろか
思いましたんやが、大人気ない。
紳士ぶりっこして、お先にどうぞ。
甘かったし、
人生・世の中
そんな甘い事無いわいなー
そんな広ない境内なんで
あちこちゾンビが…
順番もクソもあれへんし、
ちょっと時間掛かりそう。
まぁ、よーある事やから我慢 で
やっと慈尊院
気いついたら一人きり、
ハハ、貸し切りじゃー
弘法大師は嵯峨天皇から高野山の地を賜った際に、
高野山参詣の要所に当たる
この九度山の雨引山麓に、
高野山への表玄関として
伽藍を創建し、そこを高野山への
宿所ならびに冬期避寒修行の場
としたそうです。
空海の母 玉依御前は
香川県から息子の空海が開いた
高野山を一目見ようと
やって来たが、当時高野山内は
女人禁制となっていたため、
麓にあるここに滞在し、
本尊の弥勒菩薩を信仰していた
そうで、空海はひと月に
九回必ず二十数キロ及ぶ
高野山町石道を下ってここへ
母を訪ねてきたので、
この辺りに「九度山」
という地名が付けられたそうです。
空海は母がなくなった時、
弥勒菩薩の霊夢を見たので、
廟堂を建立し自作の弥勒菩薩像と
母公の霊を祀ったといい、
弥勒菩薩の別名を「慈尊」
と呼ぶことから、
ここが慈尊院と
呼ばれるようになったそうです。
まともに解説のせると
長なるなぁ。
この前まで
秘仏公開してたんやけどなぁ
弘法大師の母が奉られ、
子授けや安産、授乳などを
祈願する絵馬。
日本唯一の乳ガンの予防
御守りもありました。
畏れ多くも弘法大師の横に
案内犬ゴンの碑
弘法大師と狩場明神の
話や無いけど
始めのころ、参拝者を
九度山駅と慈尊院の間、
案内する犬がいてたそうで、
のちにそれだけでなく
高野山町石道の約二十キロの
道のりを大門から慈尊院まで
案内してたという犬です。
ゴンっていうんですが、
慈尊院の鐘の音がすきやった
かららしいけど、ゴーンって。
御住職がそのゴンの為に
慰霊碑を建てはったそうです。
四国堂
稲荷明神
多宝塔













