手書きは無理やな、烏文字の御朱印 新熊野神社新熊野神社の御朱印が今年変わりました。烏文字に、烏文字と言えば熊野牛王神符、それぞれ烏の数が違うあれです。手書きは無理なんで全部スタンプになっちゃいましたけどね。後白河上皇は現在の三十三間堂の東側にある法住寺に住み、その鎮守社として新熊野神社、鎮守寺として三十三間堂を創建したそうです。その造営にあたったのが、平清盛で熊野の土砂や材木を用いて社域や社殿を築き、那智の浜の青白の小石を敷いて霊地熊野を再現したと言われているそうです。能楽の祖 観阿弥・世阿弥父子らがここで新熊野神事能楽を披露し、これを観ていた足利三代将軍義満はとても感動し、二人を観阿弥・世阿弥と名乗らせることになった機縁の地だそうです。後白河天皇上皇お手植えの大樟、樹齢八百年ですと