NHK 紅白歌合戦 松任谷由実 ユーミン Yuming

大晦日に放送された「第62回紅白歌合戦」に、ユーミンが出演していました。
過去にもなんたらっていう偽善臭いユニットでの出場経験はありますが
ソロアーティスト「松任谷由実」として出演するのは今回が初です。
震災後にNHKと共同で立ち上げた企画「(みんなの)春よ、来い」を披露。
一般からコーラス部分の音源を募集し、集まったものを春夏秋冬の4期に分けて
iTMSなどで配信、楽曲の収益金は募金に充てられるというものでした。
震災後に各レコード会社が企画した「震災を口実にしたお祭りソング」より
内容も金の流れも分かり易い好企画だったのですが
「紅白」でユーミンが歌い始めた途端に私は「ヤバい!」と思いました。
ユーミンはガチガチに緊張していたのです。
そりゃそうですよね。
いくらドーム公演を何十年にも渡って満杯にしてきたと言っても
大晦日の夜に、NHKの「紅白」で、口パクなしの生歌を披露するんですから。
歌はいつにも増して不安定で、緊張によって強張ってしまった表情は
笑顔とも泣き顔とも取れる、何だか良くわからないことになっていました。

案の定、翌日からネット界隈では「ユーミン、下手」っていう意見が
飛び交うようになるわけですが、荒井時代から聴いている私からすれば

今さらそこ?(=音痴)

と思ってしまうわけです。
ユーミンが音痴なんて話は、デビュー当時から言われていたことですから。
デビューが近く、活動エリアやバックのメンバーも被っていた
吉田美奈子や大貫妙子と比較しても格段に下手でしたし、
吉田美奈子のファーストアルバム「扉の冬」なんかは
キャラメル・ママの面々のあからさまな依怙贔屓に
ユーミンが嫉妬した、なんて逸話も残っているぐらいです。

「ユーミンの唯一にして最大の泣き所は歌の下手さ」

これは、1972年7月5日に「返事はいらない」でデビューしてから
40年間に渡ってずっと言われ続けてきたことなんです。
じゃあ何故、そこまで音痴と言われ続けるユーミンが
ミリオンヒットを連発し、「ニューミュージック界の女王」足り得たのか。
同期の女性アーティスト達が(中島みゆきを除いて)
次々とセールス競争から降り、我が道を進んでいく中で
ユーミンだけが表舞台に立ち続けていられるのか。
旦那の存在?
いえいえ、メロディーメーカーとしてのセンス、
言葉選び(歌詞)のセンスが卓抜していたからです。
そして、名曲を繰り返し聴くうちに、ユーミンの声にもハマってゆく。
かつて、オールナイト・ニッポンか何かでこんな発言をしたことがあります。

「美人が三日で飽きるように、上手過ぎる人の声って飽きるでしょ。
 私は決して下手じゃないのよ。声が独特なの(笑)
 でもね、これがハマると抜け出せなくなるのよ。クサヤのように(笑)」

何という素晴らしい自己認識。
ユーミン自身も上手いなんて思っちゃいないんですね。

すっかり脱線したので強引に話を戻します。
ユーミンぐらいのアーティストであれば
本人が希望すれば口パクも許されたでしょうし、中継に逃げることもできたはずです。
でも、ユーミンはそれをしなかった。
それは、「(みんなの)春よ、来い」の企画が発表された時の
この言葉にヒントが隠されていると思います。

「今、松任谷由実として何をすべきなのか」を考えました。

いつもコンサートに来てくれていたかも知れない被災地のファンに
「松任谷由実として」何ができるかを考えた結果が、紅白での生歌だったんじゃないかな。
確実に、多くの人に、今の松任谷由実の声を届けることができるのは
腐っても年間最高視聴率を誇る「紅白」しかない。
カチンコチンの表情を必死で緩めながら笑顔を作り
たおやかさとは無縁の、小節の利いたダミ声で、全身から絞り出すように歌っていた
「春よ、来い」を聴いた時、私は泣きそうでした。
あんなに一生懸命に歌っているユーミンを見るのは、生まれて初めてでした。
そして私は改めて思ったのです。「ユーミンはやっぱり凄い」と。
完璧に整えられた環境で優雅に鑑賞するのがユーミンの音楽だったはずなのに
「紅白」のユーミンはユーミンではなく、まさしく「松任谷由実」だった。
もしかすると100人中90人は「下手な婆さんだな」としか思わなかったかも知れない。
でも、涙目で両の手をぐっと結ぶユーミンの立ち姿を見て
10人の人が「ありがとう」と思ってくれたら、
きっとそれだけでユーミンは満足なんじゃないかな。

ぶっちゃけ、もうミリオンヒットは生まれないだろうけど
枯樹生花を感じさせてくれたユーミンは、きっと生涯現役でいけるはず。
これからも沢山の名曲が日本の音楽シーンに産み落とされますように。