「高齢者専門の立ちんぼう売春婦が少年を助けたり、客に同情したりする姿を描く」という物語説明がされていたりもするが、
この作品、とてもとても瞑想的な映画なのだ。
見る瞑想と言ってもいい。
この世には、フィクションでしか描けない人間の機微がある。「バッカス·レディ」はそれを描いている。
この売春婦ソヨンを演じているのが、この前、アカデミー賞助演女優賞を受賞したユン・ヨジョンssiだ❨おめでとうございます!❩。
私はドラマ「ホテリアー」「棚ぼたのあなた」でお目にかかっている。
一度見たら忘れられない個性的な女優さんだ。
売春婦ソヨンが住んでいるのは、中庭のある洋館風の建物で、そこにはセクシーなトランスジェンダーの大家と、片足を失った気のいい若者がそれぞれの部屋で暮らしている。
3人とも世間からはフツーじゃないと区分けされる人たちだが、ソヨンが、
「明日食事に行くから空けといて」
と誘えば、一緒に食事をしたりするいい関係だ。
血は繋がっていなくとも、お互いを気にかけている素敵な家族だ。
ある日、彼女は昔の馴染みの客と再会する。
このことがキッカケで彼女は、神が見たならニッコリ微笑むような「戯れ」を、しかし世間の基準から見れば「大罪」を犯すことになる。
次々と再会してゆく昔の客、そして「老い」と迫りくる「死」という現実の前に、ただ一つの事実があらわにされてゆく。
それは、
「人はこの世に独りでいる」
という、普段は見えにくい単純な事実なのだ。
裕福だが、家族関係は冷えきっている寝たきりの男がみじめに独りいる。
自尊心の強い男が認知症になり、恐れながら独りいる。
愛する妻子に先に逝かれた男が寂しく独りいる。
死は非情だ。
過去の栄華、輝かしい肩書き、履歴、人を有頂天にさせ、拠り所としていたこれらのガラクタが、死を前にして何の支えにもならないことに気づかされる。
むしろ底辺に位置すると思われている売春婦ソヨンのほうが、ある豊かさのなかにいることがわかる。
そのソヨンの中にも大きな悔恨、苦しみはあるのだが……
サスペンスドラマのように描くこともできる話だが、流れる音楽がフランス風のホンワカした感じの軽さがあるので重い話にはなっていない。
淡々と物事が起こり、過ぎてゆく。
韓流ドラマによくある感情の大きなうねりはない。
だが、見終わって、決して嫌な気持ちにならない。いや、むしろ楽な気持ちになる。
我々を瞑想に誘う映画なのである。