1987世界選手権SP(アメリカ シンシナチ)伊藤みどりさん。
動画主様お借りします。m(_ _ )mペコリ
今や伝説のスケーターにおなりです。
Youtubeのコメント欄では海外の人たちがこぞって絶賛しているのです。彼女は凄かった。こんな選手もう二度と現れない、と。
私も大好きでした。
テレビでは、アルベールビルオリンピックの映像しか流してくれませんが、あのときみどりさんは本調子じゃなかったし、完璧な演技じゃなかったから、できればカルガリの方を流してもらいたいのよね。
みどりさんは1983年の世界ジュニアで3位になれたので、15才になっていなくても3位以内はオリンピック出場資格がありました。
当時、特例があったんです。ところが、全日本で2位となり(規定がまだあった)、'84年のサラエボ代表を逃してしまいます。
しかし世界選手権の代表に選ばれ、カナダのオタワで初出場で7位になりました。
'85年の東京開催の世界選手権直前には、右足首疲労骨折で棄権することになり、地元開催なのに残念でした。
世界選手権前のNHK杯のエキジビションアンコールでトリプルアクセルを披露していただけに、もったいなかったです。
残念つづきで、ため息ばかり。日本にこんな凄い選手がいるって世界中の人たちに自慢したいのに、
'86世界選手権も規定で出遅れ、SPでもミスが出てしまったのでした。総合11位。
'87世界選手権は8位でした。初出場で7位だったからどんどん上に行くとばかり思っていたので、カルガリで世界中を感動させるまで待たされた感がありましたね。
カルガリ前のプログラムを覚えてる人はあまりいないのかもしれませんが、今見てもスピードとジャンプは目を見張るものがある。
表現力がどうのと言われてた時期でしたが、踊るというより、曲の音ハメがすばらしいと思います。
踊れるスケーターが上位を占めてた時代、踊り以上の表現力で曲をとらえていた。
姫川亜由美タイプではなく、北島マヤタイプの天才スケーターで、衝撃と感動を与えてくれる選手でした。
'87年のSPをまず紹介させてください。
みどりさんはトリプルトゥループトリプルトゥループのコンビネーションが得意でしたが、
当時の女子のSPはダブルジャンプひとつ、
コンビネーションジャンプにはダブルジャンプひとつとトリプルひとつ、
もしくはダブルジャンプひとつとダブル以上のジャンプひとつのどっちかだったと記憶してます。
それとダブルアクセルひとつでした。
少しでもレベルの高いものをいれるため、
ダブルジャンプは両手をあげて跳び(高さがすごい)、
ダブルアクセルも後ろ向きの滑走からカウンターで、
さらに腰に手をあてるポーズで跳んだりして工夫しています。
コンビネーションジャンプは、確実なトリプルトリプルを持っていながら、トリプルダブルにしなければならなかった。
前年のSPでダブルループトリプルループ(セカンドジャンプがトリプルの方が難しい)を跳んで着地がふらつくミスがあったためか、この年はトリプルループダブルトゥループを選んだようです。
とにかく、他の選手とは次元の違うジャンプをひとりだけ跳んでいたのでした。
ヽ(´ω`)ノみどりさんの凄いジャンプを見てほしい!
それだけなんですが、これ、続けますから。
忘れるとこだった!
最後のフライングシットスピンを見よ!
女子でこれやる人はそういないし、高さも男子並みなんだよ!
会場がどよめいてるのが気分よくなりませんか!?
(若い山田満知子コーチも注目です。)
不思議なことに下書きを公開したら、動画が消えちゃったので、次のページに載せました。
(´□`。) なんでこんなことばっかり続くんだろ。
ねらってないのに~。
動画主様お借りします。m(_ _ )mペコリ
今や伝説のスケーターにおなりです。
Youtubeのコメント欄では海外の人たちがこぞって絶賛しているのです。彼女は凄かった。こんな選手もう二度と現れない、と。
私も大好きでした。
テレビでは、アルベールビルオリンピックの映像しか流してくれませんが、あのときみどりさんは本調子じゃなかったし、完璧な演技じゃなかったから、できればカルガリの方を流してもらいたいのよね。
みどりさんは1983年の世界ジュニアで3位になれたので、15才になっていなくても3位以内はオリンピック出場資格がありました。
当時、特例があったんです。ところが、全日本で2位となり(規定がまだあった)、'84年のサラエボ代表を逃してしまいます。
しかし世界選手権の代表に選ばれ、カナダのオタワで初出場で7位になりました。
'85年の東京開催の世界選手権直前には、右足首疲労骨折で棄権することになり、地元開催なのに残念でした。
世界選手権前のNHK杯のエキジビションアンコールでトリプルアクセルを披露していただけに、もったいなかったです。
残念つづきで、ため息ばかり。日本にこんな凄い選手がいるって世界中の人たちに自慢したいのに、
'86世界選手権も規定で出遅れ、SPでもミスが出てしまったのでした。総合11位。
'87世界選手権は8位でした。初出場で7位だったからどんどん上に行くとばかり思っていたので、カルガリで世界中を感動させるまで待たされた感がありましたね。
カルガリ前のプログラムを覚えてる人はあまりいないのかもしれませんが、今見てもスピードとジャンプは目を見張るものがある。
表現力がどうのと言われてた時期でしたが、踊るというより、曲の音ハメがすばらしいと思います。
踊れるスケーターが上位を占めてた時代、踊り以上の表現力で曲をとらえていた。
姫川亜由美タイプではなく、北島マヤタイプの天才スケーターで、衝撃と感動を与えてくれる選手でした。
'87年のSPをまず紹介させてください。
みどりさんはトリプルトゥループトリプルトゥループのコンビネーションが得意でしたが、
当時の女子のSPはダブルジャンプひとつ、
コンビネーションジャンプにはダブルジャンプひとつとトリプルひとつ、
もしくはダブルジャンプひとつとダブル以上のジャンプひとつのどっちかだったと記憶してます。
それとダブルアクセルひとつでした。
少しでもレベルの高いものをいれるため、
ダブルジャンプは両手をあげて跳び(高さがすごい)、
ダブルアクセルも後ろ向きの滑走からカウンターで、
さらに腰に手をあてるポーズで跳んだりして工夫しています。
コンビネーションジャンプは、確実なトリプルトリプルを持っていながら、トリプルダブルにしなければならなかった。
前年のSPでダブルループトリプルループ(セカンドジャンプがトリプルの方が難しい)を跳んで着地がふらつくミスがあったためか、この年はトリプルループダブルトゥループを選んだようです。
とにかく、他の選手とは次元の違うジャンプをひとりだけ跳んでいたのでした。
ヽ(´ω`)ノみどりさんの凄いジャンプを見てほしい!
それだけなんですが、これ、続けますから。
忘れるとこだった!
最後のフライングシットスピンを見よ!
女子でこれやる人はそういないし、高さも男子並みなんだよ!
会場がどよめいてるのが気分よくなりませんか!?
(若い山田満知子コーチも注目です。)
不思議なことに下書きを公開したら、動画が消えちゃったので、次のページに載せました。
(´□`。) なんでこんなことばっかり続くんだろ。
ねらってないのに~。