最近、経営側の立場の人がよく口にする言葉に「エンプロイアビリティ」というものがあります。
直訳すると「雇用されうる能力」ですね。
今の立場、給料に見合った仕事ができるスキル、人間的魅力を持ちなさい。
そうでなければ、あなたの居場所は無くなりますよ、とサラリーマンを脅します。
サラリーマンとは無産者のことですから、今の仕事が無くなっては生活できなくなります。
さぁ大変だ!とばかりに、資格取得に励み、上司や部下とのコネクション強化に努めます。
でも、エンプロイアビリティという言葉も、どこか上滑りした印象が残るのはなぜでしょう。
それは、これまでサラリーマンに完全なる従属を強いてきた企業側が、経営環境が変わって終身雇用を維持できなくなった途端に言い始めた言葉だからでしょうか。
そして、強い立場(=企業)が一方的に宣言した形になっているからだと思います。
雇用契約と言うものは、本来は企業とサラリーマンの対等な関係です。
でも、新入社員の頃のような未熟練の人ならいざ知らず。
ある程度のスキルと経験があれば、経営理念や処遇と、自分が提供できるものとのバランスで雇用関係・雇用契約が決まります。
労働市場が未整備な日本だからこそ、サラリーマンが慌てふためくわけです。
企業側がエンプロイアビリティを言うのであれば、サラリーマンもその反対語と言えばいいわけです。
私にはこれだけの能力がある。実績もある。
だが、お宅の会社、上司はこういう労働条件や働く場しか与えてくれない。
だから、条件の改善を求めたい。
さもなくば、私はこの会社を去ることになるであろう、と。
経営理念や経営者のハートに共感できるかどうかを求める、「モチベーション3.0」の時代とは、こうしたものかもしれません。
もっとも、ここまで言える人、その要求が通る人というのは、今の日本ではプロフェッショナル経営者クラスしか無いでしょう。
もしくは、重要な特許を持っている技術者や、顧客をたくさん抱えた営業マンか。
転職支援サービスを利用するとしても、年収1000万円クラスを対象!というウリの転職サービス会社にしか求人相談が無さそうですね。
もしくは、転職市場に出されることなく、「一本釣り」されるパターンなのか。
でも、その気概と心構えを持って仕事に取り組まないと、じり貧になります。
サラリーマンだからと、会社側に対して卑屈になりすぎることなく。
自分のスキルと経験は、適正な条件のもとで取引するように心がけましょう。
そうすることで、運も開けてくると思うのです。
(そのためには、単純な65歳までの雇用延長では、同じ状況が続くでしょうね・・・)
長谷寺のぼたん