ミカンと骨粗しょう症
  研究成果情報:「ビタミンCとβークリプトキサンチンの摂取量が
               多い閉経女性では骨密度が高い」より

             カンキツ研究領域 主任研究員 杉浦 実
【はじめに】
 これまで国内ミカン産地の住民約千名を対象にした栄養疫学調査
(三ヶ日町研究)から、閉経した女性では血中βークリプトキサンチン
濃度が高い人ほど骨密度が有意に高いことを明らかにしてきました(平
成19年度研究成果情報)。

 本研究結果は米国の骨粗しょう症専門誌に原著論文として発表すると
ともにプレスリリースを行いましたところ、数多くのメディアに取り上
げられました。その後、βークリプトキサンチンと骨との関連にはビタ
ミンCが大きく影響しているという新たな知見も得られました。

 これらのデータをあちこちでお話しすると「ミカンにカルシウムは殆
ど含まれていないのにどうして骨に良いのですか?」と色々な方にご質
問を頂きます。今回のメルマガではこれらの疑問とあわせて新しいデー
タについてご紹介します。

 若い頃から運動が嫌い、牛乳も嫌い、おまけに果物・野菜も嫌い。で
もお肉は大好き!という方は特に要注意です。年配の女性がちょっとし
た荷物を持ち上げたり、くしゃみをしたりしただけで脊椎を圧迫骨折す
るということは良くあります。要介護の原因の第4位が「骨折・転倒」
ですので、年をとっても丈夫な骨を維持したいという方はどうぞ最後ま
でお読み下さい(特に女性の方)。

【骨粗しょう症について】
 研究結果をご紹介する前に少し骨粗しょう症のことをご説明しましょ
う。骨粗しょう症は、全身の骨量(骨の強さを規定する量的因子の総
称)の減少と骨の内部構造や質の変化により、骨折が起こりやすくなる
病気です。骨量は成長とともに増加し30歳代までに最大骨量に達した
後、加齢により減少していきますが、特に女性では閉経をむかえる
40~50歳代に急激な骨量の減少がみられます。

 骨は人間の身体を支える支柱としての役割を果たすだけでなく、人の
体内でカルシウム代謝を担う中心的な役割を果たしています。このため
骨は成長期以降も常に骨吸収(骨が破壊され、血中にカルシウムイオン
が放出されること)と骨形成(新たな骨が産生されること)を繰り返し
ており、骨吸収と骨形成のバランスがとれている場合には骨量は維持さ
れますが、骨吸収量に見合う骨形成が行われない場合には骨量は減少し
てしまいます。

【骨の健康と栄養】
 骨粗しょう症は加齢とともに増加する老年病の一つですが、栄養摂取
状況や運動等の生活習慣とも深く関連していることから生活習慣病の一
つとも考えられています。骨の形成や維持には多くの栄養素が関連して
いますが、ヒトを対象とした疫学研究で骨粗鬆症との関連や、骨粗鬆症
に関連した骨折の予防効果が確立されている栄養素は多くなく、現在ま
での疫学研究の成果から、適度なカルシウムとビタミンDの摂取が有用
と考えられています。

 ところでカルシウムの供給源としては乳製品や魚・豆類等の寄与が大
きいですが、これら食品の摂取量が多いと骨は大丈夫かというと必ずし
もそうとは限りません。特に肉類の摂取量が多い欧米型のような食事習
慣では問題となる場合があります。これは以前からカルシウム・パラ
ドックスと云われていた現象ですが、骨の健康にはカルシウム以外の他
の栄養摂取状況が大きく関わっているためです。

 十分な量のカルシウムの摂取が重要であることは云うまでもありませ
んが、WHOとFAOが2007年に発表した報告書では、動物性タンパク
の過剰摂取による含硫アミノ酸が代謝性アシドーシスを誘発し、その結
果、骨吸収が盛んになり骨に悪影響を及ぼすとしています。

 これを防ぐためには、カリウム、カルシウム、マグネシウム等のカチ
オンの摂取が重要と考えられています。果物・野菜にはカリウム等のミ
ネラル類が豊富に含まれており、代謝性アシドーシスを平衡化すると考
えられており、また果物は骨基質の重要な成分であるコラーゲンを生合
成する上で必須な栄養素となるビタミンCの重要な供給源でもあります。

【カロテノイドと骨の関係】
 カロテノイドは云わずと知れた強力な抗酸化物質です。これまでの研
究から、破骨細胞による骨吸収には転写因子であるNFkBが深く関わっ
ており、NFkBは酸化ストレスに曝されることで活性化されることが明
らかになっています。そのため強力な抗酸化作用を有するカロテノイド
が破骨細胞による骨吸収を阻害することで骨密度低下に有益に働くので
はないかと考えられるようになってきました。

 これまでにカロテノイドと骨の関係を疫学的に明らかにしようとして
いる研究グループはそれほど多くなく、世界中でも私たちを含めて数グ
ループしかありません。何故かと云いますと、疫学研究そのものの大変
さもさることながら、骨密度測定やカロテノイドを数百から数千人規模
で測定することの困難さのためです。

 骨密度を評価している疫学研究は割とありますが、カロテノイドにつ
いては多くありません。また評価したとしても多くが食事調査から割り
出した摂取量での評価です。実際に体内に取り込まれた量を反映する血
中濃度を測定し骨密度との関連を評価しているのは実は三ヶ日町研究が
世界で初めてです。

 私たちはβークリプトキサンチンの血中濃度が閉経した女性の骨密度
と有意に関連することを2008年に初めて報告しました。現在、骨密度
にはβークリプトキサンチンが最も関連が強いとする報告しているのが
果樹研や欧州のグループ、一方、世界で最も歴史が古く大規模で著名な
米国のフラミンガム研究のグループ等はリコペンだと報告しています。

 フラミンガム研究では残念ながら血中濃度のデータは無く摂取量での
データで報告していますが、調査規模の大きさからもその影響力は大き
いです。(ちなみに骨のデータをこれまで2度、米国のある疫学系トッ
プジャーナルに投稿しましたが、何れもRejectされてしまいました。
たぶん競合相手に査読が回ったのではないかと勘ぐっております。)

【ビタミンCとの関係】
 前報でβークリプトキサンチンと骨密度との関連を明らかにした訳で
すが、実はそのときのデータ解析ではビタミンC摂取量の影響を統計学
的に取り除くと有意では無くなることを確認していました。つまりβー
クリプトキサンチンの効果はビタミンCと深く関わっているということ
です。またビタミンCと骨密度との関連もβークリプトキサンチンの摂
取量で補正するとこれもまた有意でなくなります。

 そこでビタミンCとβークリプトキサンチンの摂取量をもとに集団を4
群に層別化し(グループ1:両方の摂取量が少ない群、グループ2:ビ
タミンCは多くてβークリプトキサンチンが少ない群、グループ3:ビ
タミンCは少なくてβークリプトキサンチンが多い群、グループ4:両
方とも多い群)、両方の摂取量が少ないグループ1での骨密度低値リス
クを1として、グループ2~4でのリスク比を計算すると、ビタミンC
とβークリプトキサンチンの両方の摂取量が多い群においてのみ有意に
リスクが低いことを明らかにしました。

 三ヶ日町研究で用いた食事調査方法の精度的な限界があるために正確
な摂取量の評価は難しいのですが、リスクが有意に低いグループでは、
毎日2.5mgのβークリプトキサンチン(ミカン約3個)と260mgのビタ
ミンCを摂取していました。ミカン以外の食品から更にビタミンCを
180mg程摂取していたことになります。

【終わりに】
 本研究成果は、米国の骨粗しょう症専門誌であるOsteoporosis 
Internationalの2011年1月号に論文発表しました。ちなみに厚労省は
ビタミンCの食事摂取基準として1日当たり100mgを推奨量としていま
すが、それぞれの生活習慣病の予防を考えると、実はもっと多く摂る必
要があるのではないかと考えています。βークリプトキサンチンが本当
に骨粗しょう症の発症リスクを低減する効果があるのかについては、現
在、追跡研究のデータを解析中です。乞うご期待!