宇多田ヒカル―ヒッキーの「不買呼びかけ発言」が話題です。


まず僕の感覚から言うと、今回のヒッキーの発言は、もっともです。



自分の作った作品を、自分のあずかり知らぬところで売られるということは、

クリエイターであるアーティスト側としては、たまったものではない。


「自分にも印税入ってくるし」と割り切ることが出来れば簡単でしょうし、

ファンからしたら、趣の違うベスト盤が出るということは、

もしかしたら嬉しいことかもしれない。


しかし、そんなドライに構えられないのが、ある種アーティストの側面でもある。

またそんな一面を持っているからこそ、作品は魅力的になる。



でも。

今の著作権法上、問題となったベスト盤を発売するユニバーサル側には、

なんの違法行為もないのが実情。

ともすれば反対に、今回のヒッキーの「不買」発言は、

不当な営業妨害として訴えられることも十分ありえます。

もちろん、ユニバーサル側は、そんなことをすれば社会的な信用度が落ちるので、

きっとこのまま騒ぎがフェイドアウトしていくのが、顛末だと思います。


そして来月、11/24、

EMIから出される、”ヒッキーが携わった”ベスト盤・「SINGLE COLLECTION VOL.2」、

そしてユニバーサルから出される、いわくがついたもうひとつのベスト盤、

同時発売。


その頃にはまたこの騒動がとりだたされ、話題になり、

もしかしたら、というかきっとどちらもかなり売れます。


多分なかには、

『実はあの「不買」発言も、プロモーションの一環だったかもねー』

とかのたまう、しょうもないマスコミもでてくるでしょう。


それもこれもが結局は話題を呼び、コア・ファンだけでなく、

流行に敏感な一般ライト・ファンの購買意欲もそそり、よりアルバムは売れます。

皮肉なことに、結局売れちゃうと思うのです。



自分の作品に対してストイックなまでにピュアなアーティスト。

”売る”ということに対して、ピュアなレコード会社。

そのアーティストに対してどこまでもピュアなコア・ファン。

スキャンダルや話題に対してどこまでもピュアな一般ライト・ファン。



実は、この問題、誰も100%悪くないと思います。



日本の音楽業界のかかえる、「歪み」とか「限界」とかが集約されていて、

まさにこれから音楽に携わる人が解決していかなくてはならない、

根本的な問題が提示されているような気がします。



僕は、個人的にですが、「SINGLE COLLECTION VOL.2」の方は、

ぜひ買うなり借りるなりして、聴いてほしいと思います。

仕事上、僕は少しですが聴けることができました。


こんなに、「切ない」作品はない。


一連の「不買騒動」の一端からも垣間見える、ヒッキーの人となりが、

本当に痛いまでに伝わってくる。


一人の音楽が大好きな少女の「成長ドキュメンタリー」です。



僕がレッスンしている、10代から20代のプロを目指す子達には、

話題のもうひとつのベストも合わせて聴いてほしいと思います。


ヒッキーの作品であることには間違いないし、

自分たちが進みたいと願う世界はどんな世界かが、見えるかもしれない。


少なくとも僕は、いち音楽ファンとして、

ヒッキーの活動休止にまつわる一連の騒動と作品を、

軽く聴き流すことは出来ない。


それほどに、「切ない」物語だと思います。



今まで宇多田ヒカルのことをヒッキーなどと呼んだことはありません。


けど、今作を聴いて、ヒッキーと呼びたくなったのです。

まるで、すぐそこにいる、ひどく傷ついた才能溢れる年下の女の子を見た気がしたから。



日本音楽史における、間違いなく重要な作品だと思うのです。




たくとでした~