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武装さんのどうでもいい話

仕事以外の『どうでもいい話』を書きたくて始めたブログですが、日常生活に変化がなく常にネタ不足です。


最近は小道具製作に追われています。

今月いっぱいは頑張らなきゃかな。

最初は大まかに厚紙で形を作って型紙起こしたりして、


これがどうなるのやら??


不器用なので製作は苦手なんだけど、自分が造ったもので作品が良くなったり誰かに喜んでもらえるなら嬉しいなと思ったり。

でも積極的には造りたくない!

そんな忙しい時間を縫って、近所のカフェなどで美味しいコーヒーを飲む時間が至福です。






さて、あと1ヶ月弱、乗り切るぞ!!


某CMで

男性が保護猫を譲渡してもらい一緒に暮らし始める姿を見て、

大変なお仕事なのに大丈夫なの??

と心配してしまった。

遠征の多いお仕事だと聞くし(知らないけど)、映像の感じだと一人暮らしっぽいし。

検索してみたら同じような事を言ってる人がけっこういた。

きっと「保護猫の譲渡についてもっと丁寧に考えてほしい!」という思いの人達なんでしょうね。

やっぱりCMの影響って大きいですし。


人によっては「いやいや、CMの話やん、そんな細かい所まで目くじら立てんでいいやん」と思うかもだけど、

気にしてる人は気にすると思います。

もしかしたら設定としては実家暮らしとか一人暮らしじゃないとかなのかもしれないけどそんな裏設定は分からないしね。

気にする人は気にするといえば、

最近の某CMで、キャラクターに「中の人!」と連呼しながら背中のファスナーを開けようとする(結局開ける)ってのがありますが、着ぐるみをやってきた人間としてはこの内容が許せない。

中の人が姿を見せるか見せないかは置いといて「キャラクターには中の人がいるかもしれない」という可能性を示す事に僕は拒否反応があるのです。

多くの人からしたら「着ぐるみなんだから中の人がいるのは当たり前じゃないか。みんな分かってるじゃないか」って思うかもしれないけど、

キャラクターをキャラクターだと思って愛してくれてる子供達がいる以上、

「君の好きなそのキャラクターにも中の人がいるかもしれないよ」と思わせるのは出来るだけ避けてほしいと思うのです。

サンタクロースを本気で信じてる子供達に

「君の所に来ているサンタクロースの正体はお父さんかお母さんかもしれないよ。うちはそうだし他の家もみんなそうだよ」

なんて言う必要がないようなもので。


そういえば昔、ドラマの主人公が作品中で着ぐるみキャラを演じて、

途中お面を外してベンチに座ってるってシーンがあったけど、

あれも許せなかったなぁ。

「着ぐるみの中は人間」という事を常識として、そして常識だから表現しても問題ナシと考えてる人が脚本書いたり演出したりしてんだなぁと思いました。


保護猫に関しても着ぐるみの中の人に関しても、全然興味ない人達が作ってんだろうなぁ。

ちなみにドラマでは、外したお面を直に地面に置いてるのがさらに腹が立ちました。

僕らはお面を大切にするよう厳しく言われてましたからね。


まぁこれは批判というほどの事ではなく「気にする人は気にするよね!」ってだけの話なので、その程度のつもりで受け取ってくだされば幸いです。


我が家のネコは実家の屋根裏で保護した野良です。



工事現場で見かける「協力お願い」の看板。

↑の看板を見て思ったんだけど

お願いしてる↓の女性(女の子?)はどういうポジションの人なんだろう?
 見た目はぽくないけど、工事の責任者の方なんだろうか?


…別に批判とかじゃなくて、ただ疑問に思っただけです☺️


ここしばらく忙しくて

豪雨の中でのお仕事、猛暑の中でのお仕事が続いて身体はヘトヘト。

そんな時に

お心遣いに心も身体も癒やされました。

本当に、いつもありがとうございます!

すごーい!!桃のゼリーだ!!

なんでしょう、果物の中でも桃って特別感ないですか?

暑くなるのはこれから。
外でのお仕事がキツくなるのもこれから。

でも僕は乗り切れる気がしてきました!

しっかり冷やして大切にいただきます☺️

ありがとうございます✨


ある日突然「三匹のこぶた」の事が頭に浮かんで離れなくなった。


あの三匹はどうしてそれぞれ「わら」「木」「レンガ」を家の素材に選んだんだろう?


その考えに至るまでって語られているんだろうか?


このお話に何らかの啓蒙的な意図があるのなら「なぜそれを選んだか?」ってけっこう大きな要素じゃなかろうか。


「レンガで家を作るのが一番大変だけど、その苦労の分だけ安全を得る事が出来たんだよ」ではあるんだろうけど、


だとしたら安易な方法を選んだ二匹の未熟さをしっかり描いておかないといけないのでは、なんて考えてしまったのです。


もしかしたら性格的な事ではなく金銭的な事情とか時間の都合とかがあったのかもしれない。


でもそれらの様々な事情を加味した上で語られる「苦労の分だけ安全を得た」の方がメッセージとしては強くなるのではないか。


なのでもし、本来の作品に家を建てる前の三匹の生活が描かれているのなら詳しく知りたいなぁ、なんて、


ホント急に思ったんですよ。



もっと有意義な事を考えたらどうなんだ俺。