え?私情で神姫を捨てるやつ?
外道じゃね?(・´ω・`)
煙をふかしながら歩く神姫がいた。「神姫……だよな?」
「んあ?あぁ、君か」
神姫は咥えていた煙草のようなものを指で持ちこちらを見据えていた。
「で、どう?感想は??」
「どうって……何がだよ」
「見りゃわかんでしょ。野良の神姫だよ」
野良の神姫。
神姫は人間のパートナーとして作られてはいるものの、パートナーを選ぶことができない。
中には、なんらかの事情で主と別れてしまう神姫も存在する。そういった神姫は、野良と呼ばれ主に恨みを持っていることがほとんどらしいとテレビでは報道されていたが。
「そうは見えないけどなぁ」
「野良って言っても、いろいろいんだよ。ま、どっちにしろ、そんな神姫に近付いちゃダメだ。 アタシを含めて、野良にはろくな神姫はいないんだから」
「・・・どういう連中なんだ?」
「ん」神姫は手を出してきた。
その真意がわからず、首を傾げる。「対価だよ。対価」
「…金取るのかよ」
「当然。野良神姫の話が聞きたかったら、対価をよこせ」
「ケチだな・・・」
「んじゃあな」
神姫は無視して歩き始めた。
「あ、待て!」
神姫は背中越しに手だけを振り、去ろうとする。
「充電器しかないけど。それでいいか?」
「・・・」
神姫は立ち止まり、振り返る。
そして、俺の持っている充電器を奪い取った。
「これは貰ってくよ。でも電力なんて、毎日補給できると思っちゃ困る」
「え?」
「これを差す場所は?」
「それは・・・」
「供給場所も確保できないことが多いんだ。だから、充電器なんてのは無用の産物なんだ。
でも、貰っていくぞ」
神姫は煙草を咥えて火をつけ、煙を吹こうとするが・・・
「身体に悪いぞ?」と俺が言うと、神姫は手品の種を明かすかの如く、火のついた煙草を手元から消してみせた。「これはただのシガレットだ」
「でも、その吸い方」
明らかに慣れすぎている。
まるで、今までずっと吸ってきたかのようだった。でも、どうしてシガレットでタバコの真似事をしているのか、全く分からない。
「言えない秘密が神姫にだってある。今度はいいもんもってこい。逢うか知らんがな」
神姫は歩き始め、路地裏へと消えていった。
---
俺は、近所のファミレスでコーヒーを飲んでいた。
平日は、ほかの客がいないから気にならなくていい。
・・・やっぱり人形のようには思えない。
人間の少女と同じなのに・・・。
いや、下手なことを考えるのはやめよう。
あの神姫に関わるのもやめにした方がいいかもしれないな……。そう思って会計を済ませ喫茶店を出ようとしたとき、 「もう一ぱぁつ!」
そんな声が聞こえた気がした。考えすぎだろうか。
少し迷った後、俺は走って裏口に向かった。
神姫同士がケンカをしているようだった。いや、一方的だ。しかも、やられている神姫はあの時の・・・
「おい!なにやっている!!」
「やっべ、逃げろ」
神姫の一人がそう叫ぶと、いじめていた神姫たちは逃げていった。
いじめられていた神姫は、壁にもたれ苦しそうに息を漏らす。ボロボロだ。俺は思わず彼女の元に駆け寄る。
「おい大丈夫か?」
「はぁ・・・はぁ・・・君は、かはっ・・・ゴホっ!」
「無理すんな!」
「・・・こんなところ見られるとはね・・・」
バツが悪そうに、彼女は呟く。
今にも消えてしまいそうな雰囲気を持った神姫だった。
腕の中のパーツが破損し、剥き出しになっている。痛々しいほど傷ついた身体を引きずりながら、神姫は立ち上がろうとする。
「やめておけ。動くな」
俺は彼女を支えようとするが、その手を彼女は払いのけた。
「アタシにかまうな・・アタシは野良の神姫だ・・・わかるだろ」
その言葉は、俺を黙らせるのに十分だった。
俺が言葉を返せないのを見て、彼女は立ち上がり歩き始める。だがその足取りは弱々しく、今にも倒れてしまいそうだった。
「ぐぅっ・・・」
数歩歩いたところで、彼女は倒れてしまった。
急いで彼女の身体を持ち上げる。
体中のフレームがギシギシと音を上げ、腕からはバチバチと火花が飛び散っている。それでも彼女は俺から離れようとするが、手に力が入らないようで抵抗できないようだった。
「やめ・・ろ・・・離せ・・・」
「言ったよな。対価をよこせって」
「それは・・・さっきので・・・」
「なら、貸しを無理やり作るまでだ」
「・・・好きにしろ」
駆動音が小さくなっていき電源が切れていく。神姫の目のハイライトも消えていき、腕の中の神姫は完全に動かなくなってしまった。
---
奴のタバコのしぐさはとても美しかった。
慣れた手つきでジッポに火を灯し、ゆっくりと口へと運んでいく。
その動作は、男らしくてとても様になっていた。
でも、アタシはそれだけじゃない。
タバコを咥える直前、ほんのコンマ数秒だけ見せる彼の横顔が好きだった。そのどこか遠くを見てるような顔に、アタシは奴・・・マスターに惚れたと思う。
そんな彼が煙を蒸かすとき、アタシは決まって尋ねた。
「吸いすぎだ。身体に毒だぞ?」
すると、彼は手品のようにタバコを隠して決まってこう答えた。
知ってるが、やめられないんだ
だからアタシは、必ずこう返す。「少しは禁煙しろ」っと・・・・
---
目が覚めたときは、見知らぬ天井があった。
・・・そうだ。彼に助けられたんだった。
野良神姫が見ず知らずの人間に助けられるなんて・・・。
「起きたか」と声が聞こえた。彼がマグカップを持って立っていた。コーヒーのいい匂いが部屋に漂う。
「・・・シガレット」
「ほれ」
アタシはシガレットを受け取り、ジッポで火をつける。
「シガレットなのに何で煙が?」
「うるさい。黙ってろ」
タバコとは違うが、あれは健康に悪い。でも、奴の真似事で吸ってみたくなる。
「それより、具合はどうだ?」
「?」
「スペアパーツで取り替えたとはいえ、すぐ動き回るのはマズイだろ?」
「・・・」
いつの間にか破損したパーツは交換されている。
どうやら、相当気が回るらしい。でも、助けられた手前言い返すこともできない。アタシは黙ってふかす素振りをしてみせる。
「で?アタシは何をだせばいいんだ?」
情報がほしかったのだろう。アタシは彼に尋ねてみるが、別の答えが返ってきた。「仮契約というのはどうだ?」
「仮契約?なんだそれ」
「訳ありなのは知っている。マスターとかは関係ない。俺が面倒みてやるよ」
「・・・あ?」
「俺が面倒見てやるって言ったんだ。」
この男の言っていることがわからない。
どうして、そこまでするのだろうか。この人間はなんのためにアタシを助けたんだ?
「・・・対価はそんなのでいいのか」
「不満か?」
「・・・アタシは、野良の神姫だぞ?他人のものにはなりたくないやつもいる。そういう神姫でもいいのか?」
「それでも。困ったら、俺のところに来ればいい。俺はきっとお前を助けてやる」
・・・正直者か。そんな奴は馬鹿を見るというのに。しかし、この言葉にアタシは救われた気がした。こいつになら・・・。そう思えるほどの何かがコイツにはあったのだ。
「・・・いいよ。乗った。アタシは野良神姫だ。何かあれば、いつでも捨ててもらって構わない」
「そういうなよ、寝床用意しておくぞ」
神姫は、人間によって作られた機械だ。
機械は人間がいなければ意味がない。主人に捨てられれば、それで終わりだ。
野良神姫も同じ。捨てられた神姫の末路など決まっているようなものだからだ。
それでもこの選択をしたのは、嬉しかったからだった・・・。