2011年3月11日、
午後2時46分。
あれから1年が過ぎました。
私たちは
この日をどのように受け止め、
どのように未来を見つめていかなければならないのでしょうか。
東日本大震災で
これまでに死亡が確認された方は15854人、
行方不明者は3155人にのぼるそうです。
亡くなられた方々に
心より深く哀悼の意を表します。
あの日から1年。
まだ1年なのか…。
もう1年なのか…。
被害に遭われた方々の痛みはとても計り知れないものがあります。
心の痛みは
決して癒えることのない深い傷となっていることでしょう。
被害に遭っていない私には
その痛みを察すると
かけられる言葉は見つかりません。
ただただ、心の中で
祈ることしかできません。
まずは
一刻も早く復旧されることを。
また、復旧・復興に関わっている方々の
並々ならぬ御尽力に感謝したいと思います。
被害に遭われた方々は
その痛みを心に閉じ込めながら、
未来を見据えて
日々の生活をしています。
仮設住宅や他の地域に移り住んだ方々の生活に
一刻も早く支援をすることが
私たちと行政の
やるべきことです。
一生懸命にやっていることもわかりますが、
未だにほとんどの瓦礫は
まだ放置されたままです。
この様子を見る度に
思うことは
切なさ
しかありません。
大切なのは
物ではなく、
人の命なのだと。
まずは
何よりも生きている方々に
少しでも心の負担が軽くなるように
豊かな生活に戻れるような支援が必要です。
私たちは
この震災を、
大自然の恐ろしさを
これからの教訓として
必ずや活かしていかなければなりません。
またいつか
この東日本大震災と
同規模の地震が起こるでしょう。
起こらないなどということは考えられません。
そうならば
次は
一人の犠牲者も出さないように
人類は対策を立てなければなりません。
「一人も」です。
すべての国民が
災害時の危機意識をもつことが
重要です。
学校では
必死に
英、国、数、理、社の勉強を
詰め込んでいますが、
日本という国は
生きるために必要な
「地震学」「自然災害学」という分野を
国全体を挙げて学ぶ必要があるのではないでしょうか。
命を守ることが最優先されなければならないことを
学歴主義のこの日本社会では
忘れ去られているように思えるのです。
生きていなければ、
学校教育で得られた知識など
意味もないのです。
生きている私たちは
それでも生きなければなりません。
生きていれば
つらいことがあるのが
人生です。
それにしても、
「自然」は私たちには何ら
容赦はしません。
惨いことを、何の予告もなく
やってくるのです。
人類は
自然に対して
何も反抗することはできません。
それが
宿命なのです。
しかし、
準備を整えることは
できるはずです。
私たちは
自然の残酷さを
認識しながら
生きている人々がともに励まし合いながら
これからの未来に向かって
歩き続けなければなりません。
そして、
この東日本大震災を
風化させないように
最善の対策を立てなければ…。
2012.3.11
思いを込めて…。
午後2時46分。
あれから1年が過ぎました。
私たちは
この日をどのように受け止め、
どのように未来を見つめていかなければならないのでしょうか。
東日本大震災で
これまでに死亡が確認された方は15854人、
行方不明者は3155人にのぼるそうです。
亡くなられた方々に
心より深く哀悼の意を表します。
あの日から1年。
まだ1年なのか…。
もう1年なのか…。
被害に遭われた方々の痛みはとても計り知れないものがあります。
心の痛みは
決して癒えることのない深い傷となっていることでしょう。
被害に遭っていない私には
その痛みを察すると
かけられる言葉は見つかりません。
ただただ、心の中で
祈ることしかできません。
まずは
一刻も早く復旧されることを。
また、復旧・復興に関わっている方々の
並々ならぬ御尽力に感謝したいと思います。
被害に遭われた方々は
その痛みを心に閉じ込めながら、
未来を見据えて
日々の生活をしています。
仮設住宅や他の地域に移り住んだ方々の生活に
一刻も早く支援をすることが
私たちと行政の
やるべきことです。
一生懸命にやっていることもわかりますが、
未だにほとんどの瓦礫は
まだ放置されたままです。
この様子を見る度に
思うことは
切なさ
しかありません。
大切なのは
物ではなく、
人の命なのだと。
まずは
何よりも生きている方々に
少しでも心の負担が軽くなるように
豊かな生活に戻れるような支援が必要です。
私たちは
この震災を、
大自然の恐ろしさを
これからの教訓として
必ずや活かしていかなければなりません。
またいつか
この東日本大震災と
同規模の地震が起こるでしょう。
起こらないなどということは考えられません。
そうならば
次は
一人の犠牲者も出さないように
人類は対策を立てなければなりません。
「一人も」です。
すべての国民が
災害時の危機意識をもつことが
重要です。
学校では
必死に
英、国、数、理、社の勉強を
詰め込んでいますが、
日本という国は
生きるために必要な
「地震学」「自然災害学」という分野を
国全体を挙げて学ぶ必要があるのではないでしょうか。
命を守ることが最優先されなければならないことを
学歴主義のこの日本社会では
忘れ去られているように思えるのです。
生きていなければ、
学校教育で得られた知識など
意味もないのです。
生きている私たちは
それでも生きなければなりません。
生きていれば
つらいことがあるのが
人生です。
それにしても、
「自然」は私たちには何ら
容赦はしません。
惨いことを、何の予告もなく
やってくるのです。
人類は
自然に対して
何も反抗することはできません。
それが
宿命なのです。
しかし、
準備を整えることは
できるはずです。
私たちは
自然の残酷さを
認識しながら
生きている人々がともに励まし合いながら
これからの未来に向かって
歩き続けなければなりません。
そして、
この東日本大震災を
風化させないように
最善の対策を立てなければ…。
2012.3.11
思いを込めて…。