日本の社会の中に

「年功序列」という考え方があります。



会社などの組織の中では

自分より先に入社した人に対して、


会社としても
周囲の社員も

年齢が上であり、経験があるということに対して

敬意を表すという考え方です。


この「年功序列」の考え方には

メリットとデメリットがあります。






まずはメリットから。




「年功序列」の考え方によって、

戦後の日本は、

日本全体が一つの共同体となり、

戦後の急成長と高度経済成長を生み出し、

ここまでの最先進国・経済大国を作り上げることができたと言っても過言ではないでしょう。



大国アメリカに

追いつけ
追い越せ

を目標に、がむしゃらにやってきたのは

まさに
「団塊の世代」の人たちであるといえます。





次にデメリットです。





バブル崩壊以来、

もはや目標となるアメリカを抜き去ってしまったことで、

目指していた目標が無くなると、

日本国の中には

有り余った過剰な豊かさだけが蔓延し、

より良質のものだけを提供して、国民を満足させ

国民も、自分の生活環境を

自分だけは
他人よりも良いレベルで維持しようという考え方に基づき、


過剰な物質管理システムを作り上げたのでした。




例えば

食の現場では、


賞味期限が1分でも過ぎてしまえば

まだ食べることができる食品でも

すべて廃棄処分にするとか、



生活家電品では、まだ使えるような製品でも

新たな新製品を購入するとか、

他の国々ではおよそ過剰であるような

日本独自のシステムを作り上げたのです。





やがて、

団塊の世代が身を削った努力をしたことすらも

知らない子供たちの世代が成長していくと、


気がつけば

その社会は

物質に溢れ、

身の回りにあるものが

すべてシステマティックに動き、

何もかもが便利な世の中になってしまっているのです。




気がつけば

お金の支払いの「やりとり」をしなくても

カードをかざせば

電車に乗れる時代です。




正確には

プリペイド(前払い)しているのですが、

そこに思わぬ落とし穴が

存在しています。




私たちは

「お金を払って電車に乗る」ことは、

過去の経験や実体験によって知っていますが、


その経験をしたことがない子どもたちが、今や


ちまたに溢れてきているということなのです。





すると

どういうことが起こるか。




私たちが想像できないようなことも

実際に起こってしまうのです。





一度改札を通った人のカードを借りて

改札を通ろうとするような事件などは、まさにその一例です。


実はこういう事件は多発しています。





私たちにとっては

あり得ないと思ってしまいますが、

あり得ないことが起こってしまう現実があるのは

事実です。





また、「年功序列」のシステムによって、


組織の中では

仕事ができない「使えない人間」が、


ただ年齢が上である

という理由だけで

サラリーを得て、ぬくぬくと

自由気ままに生活していくという実態も生まれていきました。







能力のある若い世代の人間たちは

そこに大きな不満を覚えるようになっていき、


今度は「個人能力至上主義」を唱えて

成長していく企業が増えていったのです。





しかし、


一度経済成長が頭打ちになってしまうと、

企業は生き残りをかけたサバイバル合戦に突入していきます。





生き残るためには

企業内には

使えない人間を雇って給与を支払うことなどは

無駄なことであり

無駄は排除するのは当然の考え方です。





これにより、「年功序列」という考え方は


だんだんと消滅していきつつあるというのが


現在の日本の現状ではないでしょうか。










では、

「歳上が絶対である」という考え方は

どこに残っているのでしょうか?





これは皆さんもご存じの通り、


「体育会系クラブ」です。









そうです。



「先輩は絶対」ということは、

年功序列の考え方に極めて似ています。






また、

暴走族やチーマー

なども

まさにそうです。






上下関係が

年齢によって

ハッキリしています。






ですが、

こういう世界は

能力のない者を

ただ単に先輩だから

という理由で

あげつらわなければならず、




能力のある者にとっては

非常に居心地の悪い場所であることは

いうまでもありません。





能力のある者は

二つの選択を迫られます。





「その組織に見切りをつけ、別の組織に移る。または自分で新たな組織を作る」


か、


「その組織に残り、組織全体の考え方を変えてしまう」


か、


どちらかなのです。






ですから、組織の中では

稀に

年下で

実力があり、


先輩を追い越して

上に登り詰めたりするような人間が現れたりするのです。




そうすると、そんな人間は

その組織の

カリスマと呼ばれ、伝説になるのです。






逆に

金魚のフン以下のような

先輩がいても、


そんなカリスマ性をもった人間は

相手にはしないものです。




歳上というだけで何の
能力も無い者が

偉そうにしているような組織は

やはり

組織としての成長は見込めないからこそ、


そういうカリスマ性をもった反逆者が現れ


やがてその組織を牽引していくようになるのです。









次に

「実力至上主義」についてです。




これは「年功序列」の考え方とはまったく違います。




年齢ではなく

実力を優先する考え方です。





解りやすく言うと、

芸能界です。





子どもの頃から活躍していた

芸歴の長い芸能人は、



年齢に関係なく

「先輩」なのです。




お笑い芸人なども、



売れている芸人は

年齢に関係なく


たとえ年下であろうと

歳上の芸人を

自分の番組で雛壇芸人のように扱うのは

まさに

年齢は関係なく

実力の世界だから

といえます。










さて。


ひらめき電球話はここからですビックリマーク








私が

何を言いたいのか。








島田紳助が突然、芸能界を引退しました。




言わずと知れた島田紳助は、

吉本クリエイティブエージェンシーに所属しています。





ですが、



彼が言うには



「若い頃はヤンキーだった」と。





吉本興業は


実力至上主義の芸能界に反して


たとえ売れていない先輩芸人であったとしても、


それを立てて


年下の売れっ子芸人に対して面倒を見る、

食事代はおごるという


「年功序列」の制度を取り入れている事務所なのです。








歳上の先輩が後輩に必ずおごる。





これは
テレビでよく聞く話です。




クラブ活動の

先輩と後輩。




芸能界の

先輩と後輩。





まったく相反する世界が

島田紳助のまわりでは

同居していたのです。







恐らく

紳助は

お世話になった

元プロボクサーに対しては


先輩という目で見ていたでしょうし、


常に尊敬の眼差しで接していたのでしょう。








先輩に対しては「絶対」だと思いながら…。







一度お世話になったご恩は

一生自分の人生をかけて

恩返しする

くらいの勢いがあったのでしょう。







ところが、


その信じていた先輩は

実は

暴力団とつながっていた…。







芸能界は

実力の世界であり、

紳助は

実力で「一度は頂点に登り詰めた」と

明石家さんまに言われたということを

記者会見で話していました。








登り詰めた頂点は


紳助を麻痺させてしまうほどの場所だったのでしょう。






「歳上絶対主義」



「実力至上主義」。





若い頃に染みついた

ヤンキーだった頃の考え方から

脱却できず、

ズルズルとその関係を絶ち切ることができずに


ここまでやってきたら、

そこには落とし穴があった。








紳助は記者会見でこう話しました。


昔、武田鉄矢に言われたことを。




「山登りとは頂点に登ることではない。登ったら、慎重に降りてくるまでか山登りだ」と。



「僕は頂点に登ったら、その裏の断崖絶壁の崖に落ちていったんですわ。」








彼が芸能界を引退することが



良いか悪いかを



ここでは述べませんが、



島田紳助は


社会的に影響力のある人間だということは



紛れもない事実である

とはいえます。








あとは

本人がどう考えて行動するか


ということではないでしょうか。








夢を実現できずに

生涯を、


人生を


終えていく人たちの方が多い中で、




一度は夢を実現できたのですから、その意味では


彼は幸せだったのだと思います。







また、


芸能界だけに限らず、


どんな世界でも、


必要と思われている人が


急にいなくなってしまうことは、


残念ながら


私たちが生きていれば


よくあることです。







私たちは

この島田紳助の生き方から


何らかの


考えさせられるものが


あるはずですから、





それを自分自身の人生に

活かすことができたら、



と思います。