福島第一原発が
大変な事態になっています。
福島近隣に住む
私の同僚に聞いても、
「もはや、手のつけられない状況だ」と
話していました。
しかし、
このような緊急時においても
マスコミ各社の報道を見ていると、
一部民放では
震災関連の
緊急報道特別番組を
放送していますが、
某日○テレビ系列は
バラエティー番組を放送していたりと、
都心では
まだまだ楽観的な見方をしているのだということがわかり、
その温度差の違いに
私などは
逆に驚いてしまっています…。
報道では
福島第一原発の
1~4号機を合わせると、
チェルノブイリの3.5倍以上の規模の
核燃料があるらしく、
いまだに
どうなるのかわからないような状況です。
原発が危機的な状況なら、
あとは
チェルノブイリのように
人界戦術をとらなければ、
解決はできないはずです。
そうであれば、
東電の職員だけにその作業を任せようとする
政府の対応には、
疑問を抱かざるをえません。
たとえ東電の職員が
自分たちの命を犠牲にしても
震災以前の状態の
福島を取り戻すには
かなりの時間がかかることでしょう。
もし、国として
早急な対応ができないのであれば、
福島第一原発の半径60km以内を
チェルノブイリのように
誰もが
最低でもこの先30年間は足を踏み入れられないような地域に指定する、
くらいの指導性がなければ、
うまくはいかないでしょう。
チェルノブイリのように
爆発を起こしてしまっては
取り返しがつかないのです。
そうなれば
東京は
首都機能を喪失してしまいます。
もっともっと
多くの犠牲者が出ることでしょう。
そうなってしまったら
おしまいです。
何もできない政府は
ただ傍観しているのではなく、
考えられ得る対策を決断し
実行すべきです。
福島県をはじめ、
被災者の方々は
誠につらい決断になるかと思いますが
ぜひとも県外へ避難してきてください。
そこには様々な思いがあることでしょう。
最初はやはり
まったく知らない地域へ行き、
生活をすることには
戸惑いや不安があることでしょう。
住みにくい町だ
と思われるかもしれません。
しかし
そこに住んでいる人たちにとっては、
とても住みやすい町だと、
自信をもっていえる場所でしょう。
まずは
身の安全が保障された地で、
新たな生活がなされることを
私たちは
願っております。
そして、
いつの日か、
「ここに移り住んで、良かった」と
思える日が来ることを
願って止みません。
「地元」を考えるのは
そこからです。
大変な事態になっています。
福島近隣に住む
私の同僚に聞いても、
「もはや、手のつけられない状況だ」と
話していました。
しかし、
このような緊急時においても
マスコミ各社の報道を見ていると、
一部民放では
震災関連の
緊急報道特別番組を
放送していますが、
某日○テレビ系列は
バラエティー番組を放送していたりと、
都心では
まだまだ楽観的な見方をしているのだということがわかり、
その温度差の違いに
私などは
逆に驚いてしまっています…。
報道では
福島第一原発の
1~4号機を合わせると、
チェルノブイリの3.5倍以上の規模の
核燃料があるらしく、
いまだに
どうなるのかわからないような状況です。
原発が危機的な状況なら、
あとは
チェルノブイリのように
人界戦術をとらなければ、
解決はできないはずです。
そうであれば、
東電の職員だけにその作業を任せようとする
政府の対応には、
疑問を抱かざるをえません。
たとえ東電の職員が
自分たちの命を犠牲にしても
震災以前の状態の
福島を取り戻すには
かなりの時間がかかることでしょう。
もし、国として
早急な対応ができないのであれば、
福島第一原発の半径60km以内を
チェルノブイリのように
誰もが
最低でもこの先30年間は足を踏み入れられないような地域に指定する、
くらいの指導性がなければ、
うまくはいかないでしょう。
チェルノブイリのように
爆発を起こしてしまっては
取り返しがつかないのです。
そうなれば
東京は
首都機能を喪失してしまいます。
もっともっと
多くの犠牲者が出ることでしょう。
そうなってしまったら
おしまいです。
何もできない政府は
ただ傍観しているのではなく、
考えられ得る対策を決断し
実行すべきです。
福島県をはじめ、
被災者の方々は
誠につらい決断になるかと思いますが
ぜひとも県外へ避難してきてください。
そこには様々な思いがあることでしょう。
最初はやはり
まったく知らない地域へ行き、
生活をすることには
戸惑いや不安があることでしょう。
住みにくい町だ
と思われるかもしれません。
しかし
そこに住んでいる人たちにとっては、
とても住みやすい町だと、
自信をもっていえる場所でしょう。
まずは
身の安全が保障された地で、
新たな生活がなされることを
私たちは
願っております。
そして、
いつの日か、
「ここに移り住んで、良かった」と
思える日が来ることを
願って止みません。
「地元」を考えるのは
そこからです。